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March 2017

March 21, 2017

ララランドは、50代老害のリトマス試験紙か

デミアン・チャゼル監督の公開中の作品「La La Land(ララランド)」を劇場で見てきた。

実は、日本公開前の試写にも招待されていたので、鑑賞は二度目になる。

原題のLa La LandのLaとは、ロスアンジェルスの略語でもあり、「現実から乖離した」とかいった俗語でもあるそうだ。

そのこともあってか、私個人としてはストーリーが凡庸で、あまり興味を引かれなかったのが正直なところだ。
いわゆる「夢オチ」だったとしても、もう少しストーリーの練り方があるのではないか。

また男女の愛情を描いた作品なら、同年公開された「世界一キライなあなたに(原題 Me Before You テア・シャーロック監督)」のほうが、圧倒的にストーリーが洗練されているし、テーマが絞り込まれているぶん、物語として完成度が高かったように思う。


もちろん、ララランドも圧巻のシーンはある。ネタバレになるので書かないが、冒頭のダンスシーンは素晴らしいし、ジャズピアニストを演じるライアン・ゴズリングが代役を使わずにピアノを演奏するシーンも素晴らしい。
また、エマ・ストーンとダンスするシーンでは一発勝負の長回しを使うなど、ダンスをフィーチャーした作品だけあって、息を呑むシーンも多々。

だが、二回見ると疑問を禁じ得ないのだ。「果たしてこの作品に、20~30代の若い方が共感できるのだろうか?」と。
これまたネタバレになるので書かないが、売れないジャズピアニストセブ(ライアン・ゴズリング)が、友達のバンドに加わり、キーボーディストとして演奏するシーンがある。
80年代のヒットソングを演奏するのを見て、「ああ、この作品は40代~50代」の懐古を意図的に狙ったものなのだろうなと思うに至った。
80年代のはじめの頃、つまり、私がハイティーンだったころ、なぜかベトナム戦争をモチーフにした映画作品や、音楽が世界的メガヒットを治めたことがある。

今からよく考えてみれば、80年代頭に40代くらいだった制作者が、自分の青春時代を回顧する作品を制作したら、時流に乗った節がある。

ララランドは、その図式にぴったり当てはまるように思うのだ。
映像のトーンは、1950年~60年代の若くて強いアメリカそのものだし、途中のシーンで採用するのは、冷戦終結をはじめとした世界的な社会問題が解決に向かった80年代の作品である。
脚本を書いたデミアン・チャゼル(監督でもある)がそこまで計算していたかどうかはわからないが、少なくとも意識しているとみて間違いないだろう。
もし、そのような仕込みで作品を放ったとしたら、興行的には大成功だろう。劇場での鑑賞は日本で見ることとなったが、圧倒的に私と同世代以上の方が多かったように思う。
自分がハイティーンから20代前半の方が、「現実から乖離して若いころに戻れる」作品ともいえる。(おそらく題名からしてそのことが狙いだろうから、私の読みが正しいなら見事にあたったことになる)

さて、作品の意図が私の想像どうりだとしたら、どうだろうか。
もちろん作品に罪はない。むしろ、ある種のカタルシスが得られる作品であり、素晴らしいと思うのだが、巷ではこの作品の批判を許さない同調圧力もあるようだ。

もし、私と同世代の方なら、おやめなさいとお伝えしたい。

今の若い方は、私たちの世代とは違う社会情勢の中で生きているから、共感できない人のほうが大多数のはずである。
やがて彼らも批判される世代になるのだから、批判される世代になったことを受け止めないと「若き老害」などという、心にもない言葉が返ってきかねないのではないか。

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March 20, 2017

残業100時間法案の盲点 法律で残業禁止されても過労死がなくならないわけ

日本最大の労働組合団体「連合」が、経団連に対して、
月あたりの残業の上限100時間までを認め、物議を醸している。

医学的にみて、月あたり残業を100時間も行った場合、心臓疾患などのリスクが有意に高まることが明確になっている。

また、現行法の雇用保険法では、特定理由離職者として、月あたり100時間の残業を強いられた場合、自発的に退職しても、即日雇用保険の支給が開始される。

(通常、自発的に退職した場合、雇用保険の受給は3ヶ月後からの支給開始)

したがって、現行法ともあきらかに矛盾する。そのため、野党のみならず、与党内からも見直しを図るように指摘する声も強いようだ。

現行法の抜け穴 法令で残業が禁止されても過労死はなくならない

だが、100時間残業の秘訣はおろか、もし法令で残業が禁止されたとしても過労死はなくならない。

私自身、ブラック企業問題について取材し、潜入取材も行っている。その視点から、法令で残業が禁止されても過労死がなくならない理由について述べたい。

そもそも残業自体、勝手に行わせることはできない。
意外に知られていないようだが、残業自体、社員全体が合意し、
会社所在地を管轄する労働基準監督署の許可がなければ、行わせることはできない。

このことは、労働基準法第36条で規定されている。
労働基準法第36条(時間外及び休日の労働)

使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、

これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。

○2  厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。

○3  第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり、当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。

○4  行政官庁は、第二項の基準に関し、第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる。


小難しいが、社員(パートアルバイトを含む)に残業をさせる場合、社内の労働組合の代表者か、残業賛成派社員の過半数の代表者が署名捺印した書類を、労働基準監督署に提出しなければ、違法となる。一般的にいわれる36協定(さぶろくきょうてい)である。

この条文についての違反は、意外に罰則が厳しい。経営者に6ヶ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金が課せられることと規定されている。


しかしながら、実際のところ36協定を適切に管轄の労働基準監督署に出しているケースは少数派のはずである。

なぜなら、社内に労働組合がある企業は少ないし、社員全員に残業を認めるか確認するケースなぞまずありえなないからだ。

労働組合がない企業については、経営者が、シンパの社員に対して労働基準監督署に提出する36協定の書面に署名捺印を求めて提出することも少なくない。

(こうなった場合、残業容認の多数派が承認したか立証することすら難しい。)

また、困ったことに労働基準監督署側も、チェック機能がないに等しい。

社員側から、法的な証拠をそろえて労働基準監督署に出された36協定が、法令に違反して提出されたことを立証しなければ、経営者側の処罰は難しいだろう。

さらにひどいケースになると、36協定の書面すら労働基準監督署に提出せず、タイムカードを改ざんする形で社員に残業を強いているケースもある。

巷で「残業代未払い問題」がいわれるようになったが、そもそもなぜこのような問題が起こるのか。
取り締まりを行う労働基準監督官の数が非常に少ないからである。

厚生労働省の公募情報によれば、平成29年度の労働基準監督官の採用予定数は、210名であるが、総数は3000人弱である。


労働基準監督官は、労働分野の犯罪を取り締まる警察官でもある(特別司法警察員)
警視庁の警察官の数が、43000人ほどである。(出典 警視庁サイトより)
もし、賃金未払いや、過労死するほどの事件が他の犯罪と同じように起きていたとしても、労働基準監督官が過労死しかねないほど忙しい時間を過ごさなければならなくなる。

厚生労働省も、法の網をくぐり抜ける経営者を察知して、労働基準監督官の増員を図っている。だが、全ての違反者を検挙できないのが現状である。

なぜ、警察官ほど労働基準監督官は増員されないのか
日本最大の広告代理店「電通」で、若い女性が過労死する事件が起きた。

電通本社に対して、労働基準監督官が強制捜査を行ったが、あのように世論が高まらない限りは、起きなかったであろうと推測される。

その事件については、先輩の金融・労働事件に強いジャーナリスト北健一氏が新著を出されているので、ぜひご覧いただきたい。
人が亡くなるような事故が起こって、初めて公権力が動くのは問題である。
しかしながら、私は労働組合の幹部であったので、労働局や労働基準監督署の立場も理解できる。


労働トラブルは、自衛せよとも解釈できる 日本国憲法28条
日本国民の権利を定めた日本国憲法28条にはこのように書かれている。

勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
会社にお勤めする人は、労働組合を作ったり、働く条件に不満がある場合は会社に対して労働組合に加盟した社員全員でストライキを含めた交渉をやってもよい。

という意味である。
これは、ブラックな労働条件を強いられたり、過労死寸前に追いやられるまで働かされていても、社員全員で労働組合を作って、自分たちで会社と話し合いなさいという解釈もできる。

つまり、ブラックな会社であっても、そこで働いている人たちは、団結して働く条件を変えさせるの権利を持たされているのだから、警察官でもある労働基準監督官が介入するのは、問題になりうるのではないか、という考えが根底にある。

したがって、働いている人が、法令にのっとった形で、経営者への行政指導や処罰を求めない限り、介入すべきではないという考えが強いのである。

したがって、自分たちが労働組合を作って、会社側と対抗するか(私がいうのもなんだが、必ずしも勧められないが……)、文法に従って労働基準監督署や検察庁に処罰を求める術を身につけるしかないことになる。
本題からいささか論点がずれてしまったが、これが、仮に残業100時間案が撤廃されても、法令で残業が禁止されても、過労死はなくならないという論拠だ。
余談だが、
拙著「うちの職場は隠れブラックかも」では、自分や、働く同僚を守るための方法を満載しているので、ぜひ手にとって読んでいただきたい。

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