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August 2015

August 09, 2015

長崎原爆忌

 北九州が舞台になった原爆を題材にした拙著 児童向け小説「ぼくたちの空とポポの木」のテーマである長崎の原爆投下の日から、70年目の朝を迎えました。


ちょうど70年前のこの日、原爆を搭載した米軍のB29爆撃機 「ボックス・カー」は、グアム島の近くにあるテアニンの基地を 飛び立ち、僕が生まれた街・北九州の小倉に向かっていました。
奇しくも、70年前のこの日の小倉の空は 前日の八幡大空襲の煙のために 地上が確認できないほど曇っていたため、 急遽、攻撃目標が長崎に変更されたそうです。

広島に投下されたウラン235型原爆の2倍以上、 TNT火薬22キロトン相当の破壊力があるといわれていた プルトニウム239型原爆・ファットマンは、 一瞬にして長崎の市街地を焼き尽くし、 死者・負傷者14万人、消失面積6,702,300m2、 全焼全壊計約12,900棟という被害をもたらしました。

また、爆発の際に放出された放射線の影響で、 現在も後遺症と戦っている方が たくさんいらっしゃいます。

NBC・長崎放送の記者として活躍された伊藤明彦さんは ご自身の被爆体験を通して、 1971年より、全国を訪ね歩いて ヒロシマ、ナガサキの被爆者の方284人の証言を、 音声ファイルに収めていらっしゃいます。

  被爆者の声 ヒロシマ・ナガサキ 私たちは忘れない ※クリックすると、音声ファイルを納めたホームページに ジャンプします。ぜひ一度ご高覧ください

当時は、現在と社会環境が違った部分があったとはいえ、 家族や地域社会の人たちと生きていく「生活」の本質は 現在と変わらなかったはずです。
様々な年齢、そして様々な社会的立場にあった方たちが 述べられる61年前の生々しい体験は、この問題が 決して過ぎ去った過去の危機ではないことを 伝えているように思います。
同時に、経済が一国の政治の力すら凌駕する する力を持ち始めた現在の社会に住む私たちは、 この問題が、私たち日本人だけの問題ではなく 今も続いている危機であるということを伝えていかなければ ならないように思います。

70年前の長崎の街を、私は見たことがありません。
訪れた人を暖かく迎えている 異国情緒の街・長崎のシンボルともいえる 浦上天主堂は
暖かく澄み切った荘厳な空気の中、 静かに人々をみつめているかの ように見えますが
原爆投下によって倒壊し、 再建された時期があったのですね。
残念なことに イエス・キリストに導かれ 洗礼を受けたクリスチャンであった大統領の命によって 浦上天主堂は、
同じ神を信じた多くの尊い命とともに、 天へ帰ることとなってしまったのでした。
イエス・キリストが十字架にかけられ 磔刑の後、復活の奇跡を人々に示したように 浦上天主堂は、今は復活した美しい姿を見せています。
当時の面影は、やはり薄れてしまっているそうですが 焼け焦げたアンゼラスの鐘と聖母マリア像が
この街に住む方と訪れる人々に 人類の歴史を刻んだ一日を 今も静かに物語っているように見えます。

同時に 憎しみを捨て 赦しを与える寛大な心と強さを持つことで
神々しいまでの 満たされた生を手に入れられることを 強く 静かに 私たちに伝え続けているように 思います。
もし 8月6日の広島に雨が降っていたら 8月9日の小倉が晴れ渡っていたら
おそらく間違いなく小倉に 原爆が投下されたことでしょう。
そうしたら、私はまず生まれてくることが できなかったでしょうし 当然こうやって文章を綴っていることもないはずです。
私たちは、ふだん意識することはありませんが 私たちの命は、私たちだけのものではありません。
次の世代の命を育むためのものでもあります。
今ある命を絶ってしまうことは、 これから先、生まれてくるかもしれない命を 絶ってしまうことでもあるのですね。

70年前の運命の日、小倉に原爆が投下されなかったために この世に生まれてくることができたのかもしれないと思うと そのことを「幸運」とか「運命」いう言葉で語るには、 やるせない思いを感じずにはいられません。
このように原爆の問題は、 広島と長崎だけの問題では ありませんでした。
戦争当時アメリカは、原爆の投下予定地として 複数の都市を 候補にしていました。

たとえば、首都圏有数の政令指定都市である横浜も 原爆の投下予定地として有力視されていましたが 5・29の横浜大空襲のため、投下予定地から 外されてしまったそうです。
最終的な投下目標が絞られた後も 米軍は、原爆投下に備えた訓練のために、
東京、静岡、茨城、福島、新潟、富山、愛知、 京都、岐阜、滋賀、大阪、愛媛、徳島、山口 をはじめとした約50箇所に 「パンプキン爆弾」という 原爆と同じ重さの通常火薬を積んだ 模擬原爆を投下しています。

http://www1.ocn.ne.jp/~susuma/bombing/509/509MSN.htm
大阪の東住吉には、模擬原爆が投下された 記録を残すための碑が 現在も残っているそうです。
そのことを考えると、広島や長崎の方だけでなく、 他の地域で生まれ育った方も、ひょっとすると、 この問題に大きく関わりを持たなければ いけなくなっていたかも しれませんね。

誤解のないように付記しておきますが、 僕は、アメリカ政府が決定した原爆投下の加害を 責めるつもりはありません。

紙幅が足らないため詳細は割愛しますが すでに70年以上の時間が経過していますし 当時は、日本を含め、 第二次世界大戦に参戦した全ての国が 必ずしも戦争を望む意見を述べている方ばかりでは なかったからです。

また、戦争という極限の状態の中、 当時、第二次世界大戦に参戦していたそれぞれの国にも 人としての理想を貫いて善行を行った 人たちがたくさんいました。
アメリカをはじめとした当時の交戦国もそうですし、 日本もそうです。
それなのに、戦争は止められず あれだけの被害を生んでしまった。
それはなぜでしょうか?
この矛盾について考えなければ 私たちの住む世界は、また近い将来、同じことを 繰り返してしまうのではないかと思うのです。

困難な中、他の方に愛情を注ぎ、 人として生きる理想を貫いた人たちがいたことを忘れ 「加害と被害」という視点から過去の戦争を 検証することは、
過ちをののしり 新たな憎しみの連鎖を生むだけに なってしまう可能性があります。

赦し、赦されるために
そして、かつて交戦した国々の方たちと 未来を作っていく最良の方法を模索するために なぜあのような悲劇を生んでしまったのか 歴史の事実を学ぶとしたら、 あの戦争は、
今を生きている人 そしてこれから生まれてくる人の 命を守る尊い教訓になるのではないか、と思います。
ぜひ、そうあってほしいですね。
ご存知のように、国際情勢が悪化する中、 進歩した科学技術のおかげで、 自国にいながら 他国に核兵器を到達させることのできる ミサイル技術が完成しています。

このことから分かるように、核や平和維持の問題は、 対岸の火事ではなく、私たち一人一人の生活に直結した 問題なのですね。
戦争や核の問題を考えることは、 ほかの誰のことでもなく 自分の生活を守ることでもあると思うのです。

生活していくことは、とても大変なことで、 自分の周囲のことで手一杯というのが 現状ということも珍しくありませんから 無理からぬご意見だと思います。

ですが、私たちの生活は、 経済の発達によって否応なしに、 世界の動きと連動する時代になっています。
その動きが、私たち一人一人の生活に リアルタイムに 直接影響を与える時代になっているのです。

何気なく見過ごしてしまいがちですが、 ちょっと観察してみてください。
たとえば夕食のお買い物にでかけるスーパー 食料品やティッシュが値上がりしていませんか?

夏が旬で、値段がうんと安くなるはずの野菜が 異常なくらい高くなっていませんか?
その理由を全て説明する 紙幅はありませんので割愛しますが、 大きな原因の一つは 食料品を包装したり製造するための材料になる石油が 他国の戦争で値上がりしているからです。
このように、 聞いたこともない遠い遠い国で起きた出来事のせいで 私たちの明日からの生活が変わってしまうことが いつ起きてもおかしくない時代になってるのですね。
世界の平和を考えることは 私たち一人一人が自分の生活を守ることでもあるのです。 何も難しいことを考えることはないと思うのです。

私たち一人一人の生活が世界と密接につながっている以上 自分の生活圏の中で見える何かを考えることで、 この世界が変わっていくと思うのです。

「戦争」という国家規模の巨大な問題も 要はこの世界で暮らす 私たち人間一人一人の生活から生まれてくる 問題なのですから。
なにより一番恐ろしく危険なのは、 他者に関心を持たないことだと思います。

自分や自分の大切な人が 真に安全に暮らしていけるためには どうしたらいいのか。
この国に暮らす一人一人の人が、この問題の 真の解決方法を模索し 他の意見を持つ方たちと論議して最良の方法を 考えることで、
核を含めた平和の問題や、 不安定な世界は、大きく変わっていくのではないか、 と私は考えています。

広島、長崎の原爆、 そして第二次世界大戦の本土空襲で亡くなられた民間の方、 ならびに戦闘行為によって尊い命を落とされた 日本の兵士の方々、当時の交戦国の兵士の方々、 そして民間の方々に慎んで 哀悼の意を表します。

正義の名の元に 多くの方の命が奪われることが もう二度とないように
そして、神の心を宿した人たちが 一刻も早く、尊い命を奪い合う争いをやめてくれることを 心から願ってやみません。

MAY GOD BLESS YOU ALWAYS 2015 8・9 

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August 06, 2015

広島原爆忌 加害と被害の歴史を越え不穏な今の時代が変わることを祈る

今年の広島原爆忌は、静かな暑い日を迎えました。

僕が住む関東地方は、いつもの年のよりも暑く、蝉がにぎやかに鳴く夏らしい一日です。

朝食をとり、こまごまとした用事をすませ、生活の糧を得るために働く準備をしながら、このブログを書いています。いつもの朝と何ら変わりありません。

70年前のこの日のこの時間を、広島で過ごしていた人たちの大多数も、たぶん僕と似たような時間を過ごしていたのでしょう。

その人たちが、8時15分17秒を境に、どのような時間をたどることになったのでしょうか。

多くの資料を目にし、その現実に直面した多くの方から生々しい体験をうかがってきましたが、その全てを知りえることはできないにしても、いかに凄惨な出来事が起きてしまったのか知ることができるように思います。

僕が生まれる23年前に、戦争は既に終わっていて、原爆のことも過去の歴史として扱われるようになっていました。

僕自身、テレビを見たり、出始めのテレビゲームで遊びながら育った世代です。
おそらく、今のお子さんとさほど変わらない中で育ったのではないでしょうか。

ただ、今と違っていたのは、すでに歴史のこととして扱われ始めていた戦争や原爆について、身をもって経験した方が周囲にたくさんいたことだと思います。

そのころ僕はまだ子供でしたから、原爆や戦争をリアルタイムに経験した方たちの、怒りが入り混じる戦争の事実を伝える声を、ただ恐ろしい事実としてしか捉えることができませんでした。

ですが、今思い起こしてみると、多くの方が伝えようとしていたのは、戦争の恐ろしさだけではなく、戦争はいつの時代も自分の身の回りに存在する脅威だということではないでしょうか。

皮肉にも安保法案が衆議院を通過し、70年前の戦争を選んだ時代に逆行しようとしているのではないかという意見が日増しに強くなっています。

そのこともあってか、国家や世代を超えて、書くの悲劇を繰り返さないことを願う声が多く聞かれるようになった気がします。

残念ですが、その声は、多くの人が願うことでありながら、当たり前のこととして、この世界全体に浸透するまでには至っていません。

70年前の今日、広島で起きた出来事を
日本だけでなく、世界中の人たちが教訓としたはずなのに
今も戦争は途絶えることなく、世界の各地で続いています。

幸いという表現が適切かどうかはわかりませんが
核兵器に至っては、70年間、実戦で使用されてはいません。

しかしながら、冷戦の終結後、多くの国が自らの安全保障の名目で
核兵器の開発を進めています。また、経済問題の悪化や政情不安から
戦争や核の脅威が広がっているのも事実です。

こうやって安全に暮らしている私たちも、他国の人たちも
対岸の火事ではなく、偶発的に起こる他国の紛争に巻き込まれて
核の脅威にさらされる危険があるのが現実です。

70年前、核の脅威を世界で唯一自らの身体に刻んだ
私たちの国は、世界に向けて発信すべきことが
あるのではないでしょうか。

そして、何より
平和を享受している私たちが、
過去の歴史に関心を持ち、戦争という外交方法を選んだ際に起きた

様々なことを知ることも
大事なのではないかと思います。

そのためには、70年前に起きたヒロシマ・ナガサキでの事実を
世界中に伝えるだけでなく、
加害と被害の歴史を越えて、あのような時代を二度と繰り返さないために、
一人でも多くの人に伝え、皆が意見を持ち寄り、
最良の方法を模索する時代を作り出す必要があると思います。

私たち一人一人は、非常に小さな力しか持っていません。
特に今の世相なら、自分自身や、家族や、大事な人を守ることが精一杯だというのが
現実だと思います。

ですが、意見は述べることはできるはずです。
自分以外の人が安全に幸福に暮らせる世界を実現してほしいという願いや
自分なりの具体的な意見を述べることはできるはずです。

その意見も、多数集まれば、必ず意見は変わります。
全ての人が安全に平和に暮らせる未来に近づくのではないか、と思います。

当たり前のことが当たり前でなかった今までの世界を変えるための
勇気をぜひ持ってください。

そのことが、そう遠くない未来に実現するように、今朝は静かに祈りたいと思います。

広島の原爆で亡くなられた全ての方に、慎んでご冥福をお祈りいたします。

また、あの過去の事実が風化せず、私たちの国日本だけでなく、かつての交戦国であったアメリカや、連合国、周辺諸国、そして世界中の全ての国の人たちが安全に未来を過ごせる礎となることを、心から願いたいと思います。

2015 8.6 松沢直樹

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