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December 2008

December 27, 2008

ゲラの山とリターン原稿に埋もれながら

2月に出る単行本のゲラチェックをしつつ、正月あけ〆の原稿に埋もれながら早18時間

着々と作業は進行していて、未処理のものは減ってるのだけど、なんだか感覚が麻痺してきてワケワカラン状態になってきました。

少し休みいれて一気に片付けましょう。自分の企画も進めないとね。
年末年始は、きっとこんな感じで、ただ日付が変わるだけで過ぎるのではないかと。うーん

何書いてるのか、さっぱり分からなくなってきた。
とにかく少し仮眠しようっと……

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December 25, 2008

プレゼントもいいけれど

一年に一度のクリスマス

形のあるプレゼントもいいけれど
一番ほしいのは、
今を生きていることを強く、あたたかく感じられることかな。

この世界で、今日みんながどんな一日を過ごしているかわからないけど

明日がさらに豊かで平和なものになりますように

メリークリスマス

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December 21, 2008

許せないときは

許せないときは
沈黙を選ぼう

どんな輝きを持つ言葉が心に宿っていても
そんな時は
きっと呪いと怒りに満ちた言葉に変わるだろう。

許せないのは
弱いのはでなく
何かにそむくのではなく

ただあなたもわたしも
人だということだ

そんな時に沈黙を守るのは
決して悪いことではない

呪いと怒りに満ちた言葉を吐いて
周囲の人を容赦なく傷つけるよりも

誤解やそしりを受ける方が
まだましである。

たとえ誰一人として
真実が伝わることがなくても

あなたの弱さと真実を知っている人は
必ずいる

だから、恐れずに沈黙を選ぼう

沈黙を選ぶ
あなたの強さが 守られますように

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横浜野毛ワンダーランド

去る12日は、横浜は桜木町へ営業。
クライアントと打ち合わせの後、気の向くままに歩く。

面白そうなオーラを放っている方向へ歩いていたら野毛へ出てしまった。
野毛は、古い横浜を知っている面白い町だ。
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いい感じですね。昭和な香りです。こんな面白そうなオーラが漂う場所に出てきて、営業の用事はすんだから、「はい左様なら」てな感じで事務所に戻るわけがない。
野良猫のように、気の向くまま路地裏から路地裏へ。

「取材と営業は足でやるもの」
何か面白いものに遭遇する瞬間を見つけるために、歩く歩く。とにかく歩く。
野毛大通りから、オーラを放っている方向へ歩くこと数十分。お、いい感じのお店みっけ。

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旧バラ荘。 昭和モダン(死語かしら?)の趣のあるお店。
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店の表に昼の十一時から六時くらいまでは、珈琲や焼酎が100円っていうポスターが貼ってある。少し休ませていただこう。

おそるおそるドアを開けると、あら、なんとも趣のある内装。

「いらっしゃいませ」

カウンターの下から顔を出したマスターが、人懐っこい笑顔で迎えてくれた。
店内は古いアメリカ映画のような、時間が止まった空間でした。

美術手帖なぞがラックにささっているのを見れば、同業者垂涎のオーラ満載。
クリエーターや作家が集まるバーと言えば、新宿のゴールデン街にもよく行くのだけど、このお店は、また違った雰囲気があっていいね。

なんていうのかな。野毛は、昭和な雰囲気のお店でも、どことなく古きよき時代のアメリカのにおいがするというか……カジュアルでもないクラッシックでもない独特の雰囲気があります。
古くから外国に接してきた街ということもあるのでしょうね。

カフェタイムは、お昼の月~金(時々、週末も営業なさっているらしい)の十一時から18:30(ラストオーダー18:00)までで、夕刻以降はバーとして営業なさってるんだとか。

それにしても、趣きのある内装だよなあ。
いきなりお店の中の写真を取らせていただくのは失礼なので、さすがに遠慮したけど、昔の「ハマ」がそのまま時間が止まってしまったような感じ。

何より魅力だったのは、年代もののカクテルグラス。薄緑がかった昔の吹きガラスのような少し厚みのあるグラスが、カウンター奥の棚にならんでいる。

無理をお願いすれば、カフェタイムでもカクテルとか作っていただけそうな雰囲気。

(※カフェタイムのサービスメニューにカクテルはありません。もし、あったとしても100円でカクテル飲もうなんて考えないですよ。それは野暮ってものでしょう。ちゃんとお支払いします)

とはいえ、、昼間に飲む習慣を付けると、とことん困ったことになりそうなので、今回は珈琲をお願いして、またのお楽しみにすることにした。

(正直に言うと、焼酎も100円なので、昼から飲んでしまおうかと。ずいぶん迷ったんだけどね。作品を書いている間は自重しないと。くうううっ!無念じゃあ)

コーヒーをお願いして、マスターと談笑しながら、お店の内装やら、昔の「ハマ」について話し、また話をうかがう。

街娼の姐さん達がいた時代のこととか、ベトナム戦争時に戦車の通行に反対したせいで、終戦が早まったこととかさ。

毎日の出来事って、思い出になって、歴史に変わっていくんだね。
今日こうして過ごしていることもそうだろうな。

ゆっくり流れる時間の中で珈琲をいただき、ほどよい時間においとまする。

珈琲一杯百円也

「ありがとうございます」と、両手で百円硬貨を受け取るマスター
いえいえ、こちらこそありがとうございます。

今度は、夜におじゃましよう。あのカクテルグラスで、カクテルを飲んでみたい。
カウンターで熟成中の泡盛もね

旧バラ荘

カフェタイム 月~金 11:00-18:30(ラストオーダー18:00
※それ以降の時間はバータイムになるとのことです。
JR桜木町ないし、京浜急行より徒歩で。 野毛柳通り(地図をご参考に)

大きな地図で見る

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December 14, 2008

金銀はわたしには無い。 しかし、わたしにあるものをあげよう。

金銀はわたしには無い。
しかし、わたしにあるものをあげよう。
(新約聖書 使徒行伝 第三章6より)

金銀がなければ血肉となるパンとワインは手に入らぬ
肉体を育むパンとワインは手に入らぬ

しかし、人は30日食事を取らぬとも生き延びられる
4日なら何も飲まずに生き延びられる

人はたとい蔵の中に、パンとワインと金銀を蓄えていても
生きる希望に満ちた言葉を失えば5分で命を落とす

本当に恐れねばならぬのは
生きる希望に満ちた言葉を失うことである

たとい苦しくとも、身につけている物を与えよ

汝には言葉がある。
言葉は生きる希望をつなぐ神から賜りし血肉である
パンであるワインである

肉体を満たすパンとワインを手に入れる金銀も、
神から与え賜りし希望をつなぐ言葉から生まれることを強く胸に秘めよ

恐れるなかれ
百万の敵はひれ伏し、汝の与うる言葉のパンを欲しがるであろう

憂うなかれ
汝の言葉は、日々を生きる金銀と、豊かに満たすパンとワインを集めるであろう

良いぶどうの木に鳥たちが集うように、豊かな言葉を実らせる汝は、たとえ動けなくとも集う者によって満たされるであろう。

たとい苦しくとも、言葉を紡ぐ汝には
神から賜りし血肉に満ちた言葉が金銀を産む証を見るであろう

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高校生のためのキャリアプラン講演決定

来年の話をするには、ちょっとまだ早い気もしますが、来年は講演と地方取材、料理のお仕事、自分の本の上梓で固めていきたいと考えています。

講演は月に2本くらいを目安に

さっそくですが、1月早々に横浜市の高校でキャリアプランについて講演することが決まりました。
ただ漫然と進学して社会に出ても、職を得るのが難しい時代。
かつて国家試験の双璧と言われた司法試験や公認会計士の資格を取得した方ですら、顧客を取り合う時代です。

有名な大学に進学したり、資格を取るだけでは身に付かない「不安定な時代の中で生きるチカラ」を身につける方法をレクチャーします。

有名な大学へ進学すればいいの?
資格を取ればいいの?
それとも、もっと違ったことを勉強すればいいの?
今のうちにできることは?


時代に敏感な高校生諸君と親御さんのために、どの職業を選んでも後悔しない進路の進め方とキャリア設計について、わかりやすくお教えします。

以下、レジュメの一部をば

■高校のカリキュラムは時代遅れ。40年近くほとんど変わっていない。
■なりたい仕事があるならプロに聞くのがイチバン。学校の先生は「先生」以外の職業を経験したことがない

■因数分解はパソコンでもできる。だからこそ計算力を養え 
■英語を学ぶ前に、日本語を磨け(文章力のある人は、口ベタでも仕事を取れる)

■21世紀の読み書き算盤は「IT」「経済」「語学」「法知識」
■携帯にお金をかけるなら、パソコンを1台買え
■英語は当たり前の道具になる。北京語、ロシア語、仏語、スペイン語を学ぶと、家で昼寝しながらでも世界と仕事ができる。

■お金の借り方と使い方を学べ。お父さんたちは、大学でお金の借り方と使い方を学ばなかったからお小遣いがなくなった。

関心をお持ちいただいた学校法人の担当者様、お気軽にお問合せください。

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December 11, 2008

今日の酒肴 ひいかと帆立の煮物

1020069498_1_2  ひイカと、帆立ての煮物
イカが小さいから皮剥くの大変だったけど、お味は上々。

日本酒によく合いますね。なんだか、しみじみするっす。

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December 08, 2008

12月8日 徴兵されることになりました

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召集令状が届きました。明日から小生は、松沢二等兵として戦線の最前線へ送られるやうです。。。。。

不謹慎極まりない発言で恐縮ですが、もちろん、僕が本当に戦争に送られるわけではありません。
画像は、今から67年前に始まった戦争の際に、男性を徴兵するための法的根拠を示す書類として通知された召集令状(赤紙)です。

入手した資料の中に、自分の名前を合成してみましたが、なんとも恐ろしいものだと感じます。実際に、戦地への最前線へ徴兵される法的根拠として、この令状が特別送達で送られてきたら、少なくとも落ち着いてはいられないでしょうね。

召集令状は、いわゆる刑事犯の逮捕令状と同じく、身柄を拘束する法的拘束力がある令状です。
出頭の拒否、令状の毀棄(破り捨てること)などを行うと、逮捕されることがありました。

67年前の今日、12月8日は、太平洋戦争が開戦となった日です。

日本が経験した第二次世界大戦(太平洋戦争)は、数多くの若い男性が戦場に送られ、軍人、民間人共々多大な犠牲を出すに至りました。

戦争終結から63年。日本は、国民の合意を得ないまま、必ずしも国益につながるとは限らない、アフガニスタンに国民を送る可能性がでてきました。

アフガニスタンでは、NATO軍指揮下のアメリカ、カナダ、イギリスの若者が大国の戦争のために、この5年間で数百名以上命を落としています。 (イラクでは6人の女性兵士が命を落とし、アフガニスタンでは英国軍の女性が命を落としたことが確認されています。)

彼の地に住む、子供をはじめとした民間人も同様です。

日本が、その地に国民を派遣することは、果たして国益にかなうことなのでしょうか?

それについては、様々な意見があるでしょう。
そのどれが最良で、正しいものなのか、私はわかりません。

ただ、その影には、決してメディアでは報道されない戦闘の犠牲になる人たちがいることを忘れずに、様々な情報を手にしながら、この国の人たちが最良の選択を行うことを願いたいと思います。

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December 06, 2008

鍋はつづく

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スタッフのまかないづくり
緊縮財政のため、鍋が続く。相撲部屋じゃないんだから。

いわしのつみれときのこの鍋
これ全部賞味期限切れ直前の放出品なんだよね。
廃棄される予定の食材を自己責任でいただいてきました。

あ、衛生面では全く問題ありません。
しかしまあ、全然食べられる食材を次から次へと捨てる日本という国は、やっぱどっかおかしいよね

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December 05, 2008

おいしいものには福がある

今年最後(になるであろう)仕事の依頼は、
全て飲食店めぐり取材。

よいですな。試食と称しておいしいものを提供していただいて、ガシガシいただきながら、取材するシフトで仕事を攻めましょう。

仕事をしながら、楽しむ。
これも、長年のライター生活で身につけた技ですな。

おいしいものには、福がありまする。

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メメント・モリ

久しぶりに今日は読書日記を。
実は、今日紹介する本は、読書といっていいのか、少し迷う部分があるんだよね。
というのは、全編写真と、コピーだけの本。

メメント・モリというのは、ラテン語で「死を想え」という意味らしい。
タイトルに違わず、重たい内容の本だ。

だけど、その一枚一枚の写真とコピーを読み返すたびに、強く響いてくるんだよね。
心の色々なところに、ズシンとさ。

実はこの本は、今から25年前の1983年に刊行された本だ。
現在までに27刷を数える超ロングセラーな本なのだけど、このたび、三五館さんから新たにエディションされて刊行されることになったそうだ。

実は旧作を学生の頃に、一度どこかで見たことがある。(残念ながらどこで手にしたのかは記憶が定かでない)
だけど、たまたま手にした本書の旧作は、ページを開いてすぐ閉じてしまった。

当時の僕は、およそ回復が不能な母の入院費用と、日々の糧を得るために毎日悩んでいた。
今からすれば、そこまで思い悩むこともなかったと思う部分もあるのだけど、10代の自分からしてみれば、到底解決できない問題を振りほどくために、無我夢中だったのかもしれないね。

なぜ、本書の旧作のページを閉じたのかは覚えていない。

たぶん、著者の藤原さんが綴る「生と死」の写真と言葉が、とてつもなく生々しく――自分が目の前に突きつけられている出来事を、「現実のものとして直視しろ」と迫られるような気がしたから、ページを閉じたのではないか、と思う。

決して回復することなく、遅かれ早かれ死に向かうだけであろう母を直視する苦しさや複雑な思いを、この本のどこかに重ねたのかもしれない。

その母も他界して、もう5年が過ぎるけど、思春期の頃からの母との思い出は疲弊することばかりで、何も良い思い出がない。

葬儀を取り仕切った時も、僕は斎場で母の棺を机にして原稿を書いていたし――火葬場では慟哭する父を押しのけて、躊躇することなく母の遺体が収められた棺を、火葬場の釜の中に送るスイッチを押した。

自分を産んでくれたこの世でたった一人の人を、自分のこの指で灰にしたわけです。
その時の自分を今でも冷静に見つめることができる。

僕の中には、恐ろしく冷徹なもう一人の自分がいる。

当時としては乗り越えられそうになかった現実を乗り越えるために作り出した自分なのかもしれないし、僕の中で必然的に生まれたもう一人の僕の姿なのかもしれない。

その冷徹な自分と責めあう毎日を、この5年間ずっと過ごしてきた。
(本当はもっと長い時間を過ごしていたのかもしれないけど)

変なたとえだが、もう忘れ去ったはずの過去の記憶が亡霊になって、自分の足に縄をくくりつけて、二人三脚を強いられているような毎日だった。

実際僕は、過労とその後の様々な出来事で心身のバランスを崩し、精神科の医師の加療を今も受け続けている。

幸いにも、人も本も良い出会いというのはあるもので、様々な幸運な出会いを通じて回復を重ねてきた。また、自分の文章を書けるようになってきた。

新しく生まれ変わった本書は、僕にとってどうだろうか。良い出会いだろうか。

正直、ページをめくるのが恐かったのだけれど、おそるおそるページを開いてみた。あれから自分なりの大きな山を乗り越えての再会になる。

一枚一枚ページをめくるたびに、変わらない生々しい言葉と写真の中に、肩を叩かれるような気がした。

「肉親が死ぬと殺生が少し遠ざかる。一片の塵芥だと思っていた肩口の羽虫にいのちの圧力を感じる」

本書の中で、著者の藤原氏が綴っておられる言葉の一つだ。
そうかもね。本当に色々なことがあって、心身共にメタメタになって立ち上がる気力も失せた五年間だったけど、会う人に優しくなったといわれるようになった。

もし、そうだとしたら、僕はそれだけ死の重みを受け止めて乗り越えたのかもしれないね。
(両親の死だけではなく、影日向になって励ましてくれた仲の良かった売れている作家さんの突然の死も経験した。
その度に、喪失感に苛まれて食事も取れず、何も手につかず某然と時間が過ぎていくことにイライラして自分が許せなくなったこともあるけど、それも必要な時間だったと思えるようになったかな――サヨナラくらい言いたかったとは思ってるけどね)

著者の藤原氏は、「この本は汚れれば汚れるほどよい」と最後に綴っておられる。

ふとした折に、何度でも開いて汚れてメロメロになるまで、何年たってもめくって、本書の写真や言葉を解釈して乗り越えてほしいと綴っておられる。

なるほど、前に出会った時は、すぐさまページを閉じてしまったけど、今は何度も読了を繰り返す自分がいる。

この本を汚れるほど折に触れて読み返したら、もっと味のある自分になれるかもしれないね。手元において、思い出すようにページをめくってみよう。

あまり難しいことは考える必要はないと思う。
その時、その時、自分が何を感じるかということに向かい合うことができれば、この本は僕にとって最良のメンターになると思う。たぶん、あなたにもね。

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December 04, 2008

アメリカの大学生たちと原爆についてスカイプで討論する

年末進行まっさかり。
今年は、12月に入って仕事が減ったので、ちょいと焦り気味なのですが、とにかく走り回った一年だったので、最後の月くらい自分の作品を書いたり、企画を画策したりして過ごそうと思ってます。

そんな中、昨日はアメリカの大学生たちとスカイプで討論して時間を過ごす。

ウェブカメラとスカイプで、映像と音声をリアルタイムに交信できるから、すごい時代になったもんだよね。

僕があまり英語が堪能でないことを配慮してか、日本語が堪能な学生さんが通じにくいところはフォローを入れてくれる形になった。

以下、ディスカッションの一部を

学生「今日は貴重な時間を割いていただいて、ありがとうございます。時差を考えてアメリカの昼間に合わせていただいたということを聞いて、とてもみんな嬉しく思っています。

Naokiさんの作品「ぼくたちの空とポポの木を読ませていただきました。

http://www.dotbook.jp/dotbook/details.php?id=machi_00031

スタンダードな日本語ばかりではないので(注:上記の作品は、昭和50年の小倉が舞台になっているので、作品中に多々九州弁の会話が登場する)、少し難しかったですけど、子供達が協力して色々なことを実現していくのは素晴らしいですね。

アメリカは、開拓から国の歴史が始まっていることもあってか、チャレンジャーが困難を乗り越えて成功をつかむ物語を好む傾向があります。この作品はまさにそれですよね。子供向けの作品なのに読み応えがある作品で、大学内で話題になっています。

(学生の一人)僕の父は小学校の教師なので、私的に英訳したものを読むように勧めました。父は日本文学というと、おそらく夏目漱石と村上春樹くらいしか触れたことがないと思うのですが、教えている子供達にも読ませたいと言っていました。

特に、作品の中に出てくる小学生の担任のひろえ先生の思想は素晴らしいと絶賛してましたよ。僕も将来、小学校の教師になるつもりですが、彼女のように、子供達に解決方法や問題点を考えさせられる教師になりたいと改めて強く思いました。僕の主観なのですが、Naokiさんのこの作品は、アメリカで強く支持される作品だと思っています」

松沢「ありがとう。そちらでは僕がどう評価されているのか分からないけど、少なくとも、スティーブン・キングほど忙しい作家ではないからね。あれから2年間、単行本を書いてくれという依頼は全く無い(一同笑)」

学生「それくらのお休みが必要なくらい、力のある作品だと思いますよ」

松沢「少し休みすぎた気もするんで、次を書いてるよ。(一同笑)たしかに大人も支持してくれているのは事実だと思う。あの作品はインターネットで購入できるんだけど、VISAカードとMASTERカードの利用率が高いから、アメリカや欧州の大人が読んでるんじゃないかな(一同笑)」

学生「Naokiさんの作品を読んでみて思ったのは、ずいぶん表現がおだやかだなと思ったということです。それは全員がそう言っています」

松沢「というと?」

学生「原爆の被害については、ほとんど触れられていないし、今までの原爆をテーマにした文学作品は、冷静な批判ではなくて、感情的なアメリカに対する嫌悪感が強く表れた作品が多かったと思います。Naokiさんの作品は、アメリカに対しての嫌悪感というか、原爆についての抗議はほとんどされていないでしょう? それはどうしてなんですか?」

松沢「まず、少しショッキングな話をしよう。僕は、日本の北九州という所で生まれて育った。この街は、米軍が長崎に投下したプルトニウム原爆の投下目標だった街だ。

もし、予定通り投下されていたら、僕は君達とこうして話していることはないだろうね。
皮肉なことに前日に行われた近隣都市の空爆の残煙で、攻撃目標がはっきり確認できなかったから、当日になってボックスカーが針路を変えて、攻撃目標を長崎に変更したんだそうだ。

近隣都市で焼け死んだ人たちの煙に守られて生まれてくることができたとも言える」

学生「それなのにどうしてアメリカを恨もうとはしないんですか? クリスチャンとしての信仰を守っているからですか?」

松沢「それもあるけど、僕自身、原爆の直接の被害を受けたわけではないからね。小さい頃、実際に被曝して健康を損ねていく人たちを目の当たりにしてきたから、アメリカに対して、悪い感情を持ったことはある。

だけど、ライターになった後、日米の様々な人に出会って色々な意見を聞くうちに、もっと別の視点でこの問題を捉えなければならないと思うようになったんだ」

学生「アメリカに対しての見方も変わったということですか」

松沢「そう。まず、アメリカが第二次大戦中に投下した原爆や本土空襲については、当時の国際法に鑑みれば違法行為であったという考えは変わっていない。

真珠湾攻撃についても、連合国側が違法行為という認定をしていない以上、アメリカ政府は、当時の国際法で禁止されていた民間人を攻撃目標にした本土空襲や原爆投下については、きちんと人道的なステートメントを出すべきだろうと考えている。

同時に、第二次世界大戦以降の時代の中で、多くのアメリカの市民が戦争で犠牲になったという認識を持つべきだとも思っている。

君達の友人の中には、大学への進学費用を捻出するために軍隊に入隊して、戦地に送られて連絡が取れなくなった人がいるかもしれない。

お父さんや親戚の叔父さんの中には、ベトナムへ徴兵された経験がある人がいるかもしれない。おじいさんの中には、太平洋戦争だけでなく、朝鮮戦争で大変な経験をした人もいるかもしれない。 特にベトナム戦争の時は、韓国は出兵したが、日本は憲法9条と国民の反対もあって、出兵することはなかった。
日本に軍事的脅威がせまっていたベトナム戦争や朝鮮戦争の際に、日本は軍事力を行使せずに、アメリカの市民が盾になったという見方もできると思う。

そういった歴史の事実を善悪の観点を超えて、一つ一つ冷静に見つめなおさないと、お互いを責めるだけで、何一つ変わらないと思うんだ。

原爆の問題について焦点を絞ってもそうだと思う。実際にアメリカが原爆を投下する間に、マンハッタン計画に参加した科学者や、政治家、米軍首脳部の中にも、少なからず投下に反対する人は少なくなかった。
威嚇として使われるとばかり思っていた核兵器が実際に使われてしまったことにショックを受けて、研究者としての人生を捨ててしまった優秀な人たちもいた。

それなのに、なぜあのようなことに至ったのか。
広島に至っては、米軍兵士が捕虜になっていることを知りながら、投下に至っている事実がある。
原爆投下を命令したトルーマン大統領に至っても、有名なアメリカ人カメラマンのジョーオダネル氏のインタビューに対して、原爆投下は個人としては後悔しているという回答をした事実が残っている。

最高権力者である大統領ですら、戦争の狂気の伝染は食い止められなかったということだ。

そういった事実から、暴走する戦争の狂気について、国を越えて冷静に多くの人に見つめてもらう必要がある。
だから、自分の作品の中では、アメリカを責める内容や、原爆の被害については触れなかったんだ」

学生「アメリカの歴史教科書は、日本の歴史教科書より平均的にみてページ数が多いです。

その中で、大事に世界大戦については詳しく触れられていますが、原爆の問題についてはほとんど触れられていないか、アメリカの正当性を主張するものがほとんどです。

これについてはどう思われますか?」

松沢「ほとんどの人が知らないんだけど、実は1944年ごろに、日本も原爆の開発研究を行っていたんだ。

ウラン235の遠心分離が不可能だったために、結局実現しなかったみたいだけど、当時の技術力からすれば、あと3年ほど戦争が長引いていれば、完成してて実際に使用した可能性はあっただろうね。

そのこともあるし、アメリカ本土に多数落下した風船爆弾なんかの影響を考えると、アメリカ政府の中に、恐怖心に駆られて原爆投下をごり押ししようとした人がいたのも理解できるような気がする

そして、第二次世界大戦が終結した後は、ソビエトと対立する時代になってしまったから、アメリカは日本に対して原爆の問題を詫びることが政治的に難しくなってしまったのは事実だろうね。

話がずいぶん迂回してしまったけど、僕が君達に伝えたいのはこういうことだ。

どちらが正義であろうが、政治としてどのような主張をしようが、今の時代は一度戦争を起こせば、確実に双方に犠牲になる人たちが大量に出るということだ。

アメリカは、今、肌でそのことを感じているだろう?

イラクやアフガンで劣化ウラン弾を大量に使っているから、帰還兵の中に必ず深刻な健康被害をきたす人がでてくるはずだ」

学生「その話は知っています。メディアでは報道されませんが、深刻な問題だと思っています。

(学生の一人)実は僕は、長崎の平和祈念資料館を見学したことがあるのですが、原爆の脅威はもちろん、同じ問題が、今の僕達と同じ世代にも起きていることを知って愕然としました。とても恐ろしいことだと思います」

松沢「アメリカは、軍事費がGNPの50パーセントを越えているでしょう? もはや戦争を続けないと今の生活が成り立たない状態になっているわけなんだけど、その状態から脱出するには、どうしたらいいのか?

できるだけ多くの人が世界の安全に関する情報に関心を持って共有しながら、新しい方法を模索しないといけないと思う。キューバがいい例なんじゃないかな。

アメリカとキューバは、あまり政治的に良い関係とは言えないけど、キューバ危機を乗り越えた経験があるし、過去の原爆の問題を通してならもっと話し合える機会があるんじゃないだろうか」

学生「だから、あの原爆をテーマにした話は、同じ果物を食べると友だちになれるという話にされたんですか? 争うよりも話し合えるように? 作品の中で、子供が消しゴムをめぐって論争するシーンのあとに、ポポの実を一緒に食べて仲直りするシーンは印象的でした」

松沢「そう。面白いことを一つ教えよう。あの物語の中で出てくるポポという果物は、北米原産なんだ。」

学生「へえ~だったら、僕達も同じように友だちになれますね」

松沢「種を送るのは検疫の関係で難しいかもしれないけど、送れるようにしてみるよ。実がなるのは何十年もかかるみたいだけど、君達の子供の世代の人たちがもっと理解を深められるようになるといいね」

学生「その前に、日本に行ってみたいです。是非もっと色々な話を聞きたいですね」

松沢「ハリウッドで映画化されるとみんなを日本へ招待するくらいの渡航費はすぐに出るんだけどね(一同笑)君達がもし日本に来るなら、訪ねてきてほしい。もっと色々な話をしよう。僕もアメリカへ渡る機会を作って、もっと色々な話をしたいと思う」

学生「その日が早く来て欲しいですね」
松沢「願えばかなうと思う。僕はこの物語をたった一人で書いたけど、その時は、これだけの人に読んでもらえるとは思っていなかったから。

だから、そう遠くないうちに君達に会うことも実現できると思うよ。

そして、みんながもっと安心してお互いのことを知りたくなる世界を作ることも実現できると思うよ」

学生「そうですね。必ずそうなると思います」

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December 02, 2008

紙の本と電子の本の比率

12月に入って、経理の再チェックなどをしてたりします。
一応、簿記のライセンスを持ってたりするので、そのあたりは手馴れたものだったりします。

でね、一応、様々な分析を行ったりするのですけど、書くジャンルに限らず、電子媒体の売り上げ比率がどんどん増えてたりするのに驚いたりします。

小説に至っては、携帯でAUからダウンロードできる作品が,紙物作品より印税が圧倒的に伸びてるし、広告関連記事もネット関連のものが増えてる。

紙の本を長く作ってきたので、この動きには今さらながら驚いたりするのですが、これも押さえられない流れなのかなあ……とか思ったりします。

携帯も10年ほど前までは、誰でも持てるものじゃなかったけど、今や持っていない人の方が少ない時代になったもんね。

あげくの果ては、一時期はやったPDAの機能を包含した携帯が出てきているし、3万円程度のミニノートパソコンなんかも出てきてる。

もう少し低価格なノートパソコンないし、それに代わる汎用性の高い機械が出てきたら、読み物は電子媒体が圧倒的に増えるだろうな。

ただし、新規参入が容易になるわけなんで、書き手としても読者の囲い込みや、どうやって売るかといった、イベンター&編集者的な視点を持てないと辛くなるような気もします。

ライターがやるイベントなんてのは、あらかた枠がせばまるんだろうけど、
朗読会とかでもやろうかね。

イベンターから、リアルタイムに料理を作ってみんなで食べながら僕の児童向け作品を声優さんに読んでもらうなんていうアイデアをもらってますが、保健所やらうるさいし、はたまた消防法とかからむしなあ……

ちなみに、2年ほど前に「マグロの解体ショー」を、某ホテルでやったことがありますが、非常に盛り上がりました。

そかそか、保健所の許可取って、それと読み物系のイベント絡めるってのもいいかもね。

年末年始は、料理の仕事で忙しいけどちょっと考えてみましょうか

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December 01, 2008

потчует(もうおなかいっぱい)

少し前に、友人が取引先のロシア人を招いてごちそうするというから、ホームパーティ用のメニューを考えたのだけど、今度は実際に料理を作ってほしいという依頼が。
「ギャラの支払いあり」という有難いお話。

行きます行きます。
ギャラ設定なら、ええ、行きますとも。

立食パーティ用なので、御料理はいかほど作ればいいかという質問をいただいた。
うーん、人にもよるけど、ロシアの人は日本人より召し上がる量が一般的に多いし、パーティのおもてなしの料理だから、様々な料理をかなり多めに作った方がいいかと。
(まあ、余ったら持って帰って、しばらくそれで食いつなごうとか思ってたりもしたんですが)

というわけで以下の御料理をご用意

しめさばのマリネ スメタナ添え
鰤のスモーク冷製
Селёдка под шубой(シューバ 毛皮のコートを着たニシンの意 ニシンの酢漬けを使うが、日本では手に入らないので、しめさばと紫キャベツの塩漬けを併せて漬け込んだものを用意。パンのつけ合わせに)

蟹と鮭とイクラの箱寿司(一口大のものを150個ずつ2ブロック、合計300個タワー状に積み上げてクリスマスツリーに見立ててみました)

ピロシキ(焼いたもの)150個
ライ麦パン      150個
творог(トヴァローグ ミルクとヨーグルトから作るカッテージチーズ パンのつけ合わせに)


Салат Картщка(サラート・カルトーシカ ポテトサラダ)
Пожарский(ポジャルスキ・鮭のハンバーグ日本風)
Курица с капустой японский(キャベツと鶏肉の煮込み日本風)
Рис грибы Луком японский(しめじとたまねぎのピラフ日本風)
キエフ風カツレツ(食べやすいように串カツに)
ペリメニ(ロシア風水餃子)
肉じゃが(ふつうに日本でいただいている料理。もともとは、ビーフシチューを模倣して作った料理だし、ロシア人じゃがいも大好きなので受けるかなと。)

пряники(ブリャーニキ はちみつとライ麦の焼き菓子)
Кисель японский апельсин(温州みかんのキセーリ)
黄桃の揚げプリン
リンゴのグラタン
薔薇と紅茶のケーキ
トヴァローグ(カッテージチーズ前述参照)とココアのデザート

紅茶、ウオトカ 梅酒など

10人に対して、おおよそ60人分ほどの量を作ったのですが……











ゲストの皆様、見事に完食なさいました……orz
потчует(もうおなかいっぱい)ですってさ。
そりゃそうでしょう。
でも、お残しされるよりは、うれしいですけどね。

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