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July 2008

July 25, 2008

童話と絵本の原作を出してみた

アルファポリスさんのメルマガで、童話と絵本の公募をかねたコンテストをやるというお話をうかがったので、エントリーしてみた。

絵本はもちろん、児童書はイラストレーターさんとの二人三脚で進めるものなんだけど、なかなか企画に賛同してくださる方がみつからないので、とりあえずテキスト原稿だけでエントリーという、無謀なことをやってみた。

エントリーしたのは

●小さなつばめとりんごの木
http://homepage2.nifty.com/epsilon-cafe/tiisanatubame.html

●さぼちゃんのおぼうし
http://homepage2.nifty.com/epsilon-cafe/sabochan.html

●さびしんぼうのカナリヤ
http://homepage2.nifty.com/epsilon-cafe/kanariya.html

●キキは死なない
http://homepage2.nifty.com/epsilon-cafe/kiki.html

●パン屋さんになったミケ
http://epsiloncafe.blog.shinobi.jp/Entry/36/

絵本のコンテストに、テキスト原稿だけで応募するというのも無謀な話だけど、あらら、意外に読んでいただいているのね。特に「さぼちゃんのおぼうし」

以前ネットで公開した際に、海外の読者様を含めて「小さなつばめとりんごの木」という作品が圧倒的にアクセスを集めていたので、意外であります。

このうちのいくつかの作品は、児童書や絵本を出していらっしゃる出版社さんと刊行に向けてお話し合いをさせていただきました。

残念ですが、イラストレーターさんの選定が決まらなかったことや、本にした際の採算がどれだけになるのか予測がつかないといった、ビジネス的な理由で、ストップしたままになってるんですね。

2年前に、「ぼくたちの空とポポの木」という、児童文学小説を出させていただいたのだけれど、これも紙の本だったら上梓できなかっただろうし、よしんば上梓できたとしても、表現の制約をかけられまくって、売れない本になっただろうなあ……と思うことがしばしば。

紙幅の制約もないので、自分の思うように書かせていただいたのですが、売れる本になるとは思っていませんでした。

てなわけで、2年前発刊当時のベストセラー「生協の白石さん」とかを抜いて、売り上げランキング1位になったのは、さすがに驚きましたね。

少子化の影響もあるのだけど、児童文学とか絵本って、様々な理由で売れない時代(本を出しにくい)になっている。

力強い作品を作り出す意識を持たないと、形として作品を世に送り出せない時代になっているのは事実ですね。

そういったことを経験しているので、今回はどの作品が読者様に支持されるか、楽しみです。もちろん刊行できるとなお良いですけど。

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July 16, 2008

読者様のおたよりで出版社の倒産を知る

湿っぽい話というか、愚痴っぽい話になっちゃうんですが、
たまたまメールをくださった読者様から教えていただいて、以前本を出させていただいたはまの出版さんが倒産していたことを知りました。

出版業界関係の情報が出される「新文化」さんのアーカイブより

1月25日、東京地裁に自己破産を申請し、同日付で同地裁から破産手続き開始決定を受けた。破産管財人は元木・上野法律会計事務所の上野保弁護士。債権届出期間は2月29日まで、財産状況報告集会は5月27日午前11時から。

げ! 債権届出期間もとうに過ぎてるじゃないですか。

まあ、はまの出版さんからは「漢方200パーセント活用術」っていう実用書を一冊出させていただいただけだし、たしか2刷くらいしかいってないはずなので、印税の精算は考えてないんだけどね。

しかしまあ、出していただいたのが99年だから、10年間よく売り続けていただいたよなあ。有難いことです。
この手の実用書って、流行りすたりがないから、売り方次第では、ロングセラーを狙えるんだろうな。
この本を出させていただいた後、僕は、週刊誌の仕事ばかりやるようになって、はまの出版さんとは連絡取ってなかったんだよね。

精神科医の小田晋先生とかを筆頭に、心理関係とか語学書とか、ユニークな切り口の本を多く世に出していた出版社さんなので、倒産されたというのは残念な限りです。

ところで、出版社さんが倒産したとなると、問題なのは、出版権をどちらかの出版社様が引き取ってくださって、書籍が販売続投になるのか、それとも絶版になって出版権が消滅してしまうのか ということですね。

どちらかの出版社様が出版権を引き取ってくださって、販売を続投するなら、再度契約書を引きなおす必要があると思うんだけど、そのあたりはどうなんだろう?

もし絶版ということで、出版権が消滅したとしても、著作権自体は消滅していないので、他社様と再契約して、出版ということもありなのかな?

なにしろ10年前に出した本なんで、もし、再販するなら再度盛り込みたい部分が多々あるのですが。それだったらいっそのこと、新しい本を書き起こした方がいいような気がしないでもないかな。

まあ、とりあえず、今は忙しいので折を見て確認しましょうか。

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July 11, 2008

没シナリオ  時事戯画 和尚と弥七ゆうれい

#01 江戸・谷中 金欠寺縁側

時刻は、日没直後。寺の縁側で一人冷酒の徳利を傾ける和尚。
梵鐘の音が響くのみで周囲には誰もいない。

和尚「ん?」
  和尚、徳利を逆さにして振る。酒は一滴も出てこない。あきらめたように徳利を盆の上におく。

和尚「おやおや、もうおしまいかい。しかし、世知辛い世の中だねえ。盆だと言うのに、檀家集から、お供物も布施も集まりゃしない」

  弥七、和尚の背後から現れて、和尚の隣に腰掛けてため息をつき、 続けざまに一言。

弥七「まったくでさあ。世知辛い世の中でやんすねえ」

  和尚、幽霊の弥七に気付いて、振り向きざま、飛びのく。

和尚「出っ、でででで、出たあ!」

  和尚、地面にはいつくばって、手を合わせて念仏を唱える。

弥七「やだなぁ、和尚さん、あっしでやんすよ。三年前に葬式出してもらった弥七でやんす。ほれ、表具屋の」

  和尚、顔を上げるが、地面に正座して合掌したまま。

和尚「ややややや、弥七だと? 何だってまた出てきやがった。さては成仏できずに、化けて出てきやがったな。ナマダブナマダブ」

  和尚、合掌したまま、必死に念仏を唱える

弥七「やですよ、和尚さん。年に一度の盆じゃありませんか。盆の入りに迎え火焚いてもらったんで、帰ってきたんですよ。あの世から」

  和尚、おそるおそる顔をあげ、弥七の隣に再び座る。

和尚「ななな、なんだと? 盆に帰ってきたんなら、素直にてめえんちに戻ればいいじゃねえか。まっつぐ、かみさんとせがれに会いに行って、ねぎらってやるってえのが筋ってもんじゃねえのか?」

弥七「そうなんですけどね、最近はあっちもなかなか大変なんでやんすよ。三途の川の渡し賃にかかる消費税が上がりましてね

和尚「おいおい、なんだか急に俗っぽい話になりやがったな」
  和尚、弥七の方に向き直って、腕組みをする。  

弥七「それだけじゃないんですよ。渡し賃まで値上がりしましてね。最近は三途の川の渡し舟もモーターボートなんで、ガソリン代がかさむらしいんですよ」

和尚「やだよ、あっちにも物価高なんてえのがあるのかい。あたしゃてっきり、仏になったら、棺桶に入れてやった六文銭でことが足りるのかと思ってたんだが」

弥七「六文銭どころか、年金だけだと厳しいでやんすねえ」
和尚「しばらく会わないうちに、ずいぶん学のある話をするようになったじゃないの。わかった。あれだ。 さては、十年前に葬式出して仏にした寺子屋の丸楠先生から、あの世で、算盤のはじき方を教わったな?」

弥七「そんなご大層なもんじゃござんせんよ。物価高どころかインフレ気味で、みんな青色吐息でさあ。このままじゃ、あっちに戻る時の渡し賃が足らないんで、ちょいとばかし日銭を稼いでから、かかあとせがれに会ってこようと思いやして」

和尚「はあ、浮世もあの世も変わりがないってことかい。世知辛いね え。ああ、やだやだ。 ところで、お前さん、日銭を稼ぐっていってもどうするんだい? まさか生きてた時みたいに、襖を貼って銭を稼ぐわけにもいかんだろう?」

   弥七、頭をかきながら

弥七「へえ、できればそうしたいんでやんすが、幽霊になっちまったら、障子紙一枚も持てやしませんからね。仕方がないんで、あきらめやした。 たまたま閻魔様から、チーム・マイナス6パーセントって仕事を勧めてもらいやしたんで、なんとか日銭を稼いでまさあ」

和尚「チーム・マイナス6パーセント? なんだいそりゃ?」

弥七「へえ、幽霊が出てくると、みんなぞっとしやすでしょう? 最近の現世は暑さが厳しいんで、閻魔様が盆に帰る幽霊どもを、江戸のあちこちに出没させて、人様に涼を取らせてるんでさあ」

   和尚、微笑みながら

和尚「ほほう、さすが閻魔様だ。なかなか粋なことをなさる。お前さんも、盆に帰ってきたついでに徳を積めるし、三途の川の渡し賃も稼げるから、一石二鳥ってとこかな」

   弥七、とたんにうつむく

和尚「どうした、弥七。せっかくの閻魔様の粋なはからいを無碍にしちまったら、あっちに帰って舌を抜かれるぞ」

弥七「いえね、和尚、閻魔様のはからいは、ありがてえんですが、どうも折り合いが悪いんでやんすよ。霞ヶ関と永田町の妖怪どもと

和尚「おやおや、今度は泥臭い話だよ。やだねえ」
   和尚、苦い表情をして、首を振る。

弥七「連中、あっしたちが稼いだ日銭から、渡し賃の積み立てだといって、勝手に銭を抜きやがるんでさあ。 おまけに、預かり金だと言っておきながら、どれだけ銭を預かったか書いた帳面を無くしたなんて言いやがるんですぜ」

和尚「なんだか、どっかで聴いた話だね。しかしまあ、それじゃ、帰りの渡し賃が貯まらなくて、大変だろう」

弥七「へえ、四苦八苦しておりやす」
和尚「現世も、ご覧の通りの有様でねえ、檀家集からのお供物も布施も集まらんのだ。渡し賃を持たせてやりたいが、無い袖は振れないしねえ」

弥七「仕方がありませんよ。和尚。。そもそも、この寺で葬式出してもらった時点で、銭のことはあてにしてませんよ。だって、名前からして貧乏臭いじゃありませんか。金欠寺っていうくらいだし」

和尚「贅沢を、お言いでないよ。あんたの葬式出した時に、あたしゃ布施を一文もいただいてないんだからね」

弥七「なるほど、それで、お経をあげる時間と戒名が短かったんですね」

和尚「それは企業秘密だよ。滅多なことを言うもんじゃない。無一文で葬式を出してもらっただけ有難いと思いなさいよ。 しかしまあ、三途の川を渡ってまで、銭に執着する輩がいるとはねえ。閻魔様から畜生道やら餓鬼道に落とされて、妖怪にされるわけだ」

弥七「あたしゃ学がないんで、よくわかんないんですけどね、他の幽霊どもが言うことにゃ、霞ヶ関と永田町の妖怪どもを「百鬼夜行」って呼んでるらしいですよ。

なにしろ、みんなが払った三途の川の渡し賃をそっくり持って逃げたってえんで、閻魔さまから百たたきの刑にあって社会保険庁から姿を消したと思ったら、今度は、日本年金機構ってところに何食わぬ顔して、現れやがったそうでやんす。まさに妖怪でさあね」

和尚「閻魔様も恐れぬ妖怪か。なんだか、お前さんの話を聞いてたら、気が滅入ってきちまったよ。現世もあの世も仏は居ぬか」

弥七「化けてやろうなんていきがっても、相手が悪すぎまさあ。所詮、庶民も幽霊も泣くばかり」

    和尚、弥七 やおら立ち上がって、両手のひらを前に垂れて、幽霊のしぐさをしながら

和尚・弥七「銭を抜かれて日々血の気が失せる。青白い顔して、人も幽霊も見分けがつかぬ。閻魔様より厳しい現世の沙汰。ああ、浮かばれぬ浮かばれぬ。うらめしや~」

弥七「和尚、なんだか、あっしより迫力がありやすね。よかったら、あっしと一緒に日銭稼ぎませんか」

和尚「遠慮しとくよ。あたしゃまだ三途の川は渡りたくないからね」

  弥七、腕組みをして、しみじみと
弥七「和尚、修行が足りませぬな。まだまだ悟りの境地には遠いですなあ」

和尚「大きなお世話だよ。さっさと霞ヶ関と永田町の妖怪どもから、銭を取り返しておいで」

弥七「ああ、世知辛い世知辛い。現世にも閻魔様がいたらねえ」

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July 06, 2008

取材メモ ジョーオダネル ヒロシマ・ナガサキ写真展

http://www.k-i-a.or.jp/plaza/news/hiroshima_nagasaki.html

単行本の仕事や新聞の企画で毎日タイトなのだけど、スケジュールを調整して、横浜で開かれているジョー・オダネル氏の常設写真展を取材してこようと思う。

ジョーオダネル氏とは、1945の太平洋戦争終結時に、米国海兵隊の記録カメラマンとして活動された方だ。

氏は、ヒロシマ・ナガサキの原爆の被害状況や、福岡、佐世保などといった軍事拠点都市の空爆被害状況を記録している。

2年前、原爆をモチーフにした児童小説「ぼくたちの空とポポの木」を書く際にも、資料にさせていただいたが、今回は米海兵隊の非公式写真が展示されるということなので、再度取材してみたいと考えている。

オダネル氏が個人的に記録したフィルムは、米国当局の検閲を逃れるため、現像後、半世紀近くトランクの中に保存していたとのこと。
後年、退職されたオダネル氏は、ネガをプリントし、世界各地で写真展を開催して、様々な反響を呼んだ。
もっとも有名なのは、「焼き場に立つ少年」とタイトルがつけられた写真だろう。

少年が背負っている乳児は、眠っているように見えるが、実は死亡している。
少年は、背中に背負った乳児を荼毘に伏すために、順番を待っているのだ。

割愛するが、オダネル氏は、この写真についてコメントを残している。
自分の兄妹であろう幼児を、火葬するために順番を待つ少年の表情は非常にいたましい。
だが、63年前の日本では、当たり前のようにどこでも存在していた光景なのだ。

太平洋戦争終結後も、日本は戦争の爪痕を色濃く残していた。
僕が生まれた年に小笠原が返還され、奄美、沖縄が返還された。

返還前の沖縄の生活については、僕がはっきり記憶しているから、そう遠い昔のことではない。
沖縄に行くには、パスポートと予防接種が必要だったし、返還にともなうドルから円への移行に沸くニュースをはっきりと覚えている。

それから20年ほど後、元号が昭和から平成になって、しばらくしたころのことだと思う。

僕が航空会社で働いていたころも、南西諸島からのサトウキビ・サツマイモなどの持ち込みは検疫の関係で禁じられていた。
そういった視点からすると、沖縄が本当に日本に戻ってきたのは、この15年ほどと言ってもいいかもしれない。

今から30年前、僕がまだ子供だったころも、原爆の被害にあった方の問題は生の声として強く伝わってくることが幾度となくあったし、僕と同じ世代の人たちは、被曝2世としての問題に直面していた。

そういった時代が過去のものとなり、未来永劫やってこないのなら、改めて論じる必要もないのだろうけど、なんだか怪しい雲行きになってきた。

この日本という国は、本当に大丈夫なのだろうか。

貧富の格差が広がりすぎて、年間3万人の人が経済的な問題で命を絶つ時代になっているが、そのことに、何の違和感も持たなくなっていることは気付いているのだろうか。

「ワーキングプア」・「ネットカフェ難民」といった言葉を違和感なく耳にするようになった。

この問題の根源は、経済的に困窮している当事者だけではないことを論じる人がいなくなりつつあるが、そのことは気付いているだろうか。

そのような中、世界規模で問題となっている食料・エネルギー・金融問題をはじめとした、生活に密着した様々な問題が、わたしたち一人一人に降りかかろうとしている。

経済的に恵まれた環境に自分がいたとしても、瞬く間に自分の資産がゼロになる可能性すらあるのだが、そのことにみんなは気付いているのだろうか。

歴史を正視してみると、かつての戦争の時代へ向かう前と似たようなことが見受けられるのだが、そのことにみんなは気付いているのだろうか。

日本は憲法9条で戦争を放棄することを明言しているものの、国連地位協定等の関係で、いつ戦争の災禍に巻き込まれるか分からない状態にある。

可能性は低いが、朝鮮半島で戦争が再発すれば、神奈川県の座間基地が後方支援の司令基地になるだろう。

そうなると、神奈川県・東京都はもちろん、自衛隊の拠点基地が存在する沖縄、福岡、山口、京都、青森、北海道など、国内の複数都市が戦時下の統制に置かれる可能性がある。

具体的には、食料、水、家電製品などの販売制限 交通機関の運行制限などといったことが行われる可能性があると思う。
端的に言えば、在日米軍を中心とした国連軍に対して、物資の補給や輸送を優先しなければならなくなる可能性があるということだ。

こういったことが、国民全ての合意のもとで行われているのなら、何ら口を挟むつもりもないが、残念ながらそうではないだろう。

私自身は、自衛隊を再編成して、在日米軍に依存しない独自防衛を図ることが、国際社会の中で生き残る上で、不可欠になると考えている。

詳細は割愛するが、私たちが悩んでいる生活物資の高騰や、労働環境の問題などは、外交のカードとして軍事力を持たないことに端を発しているケースが多々あるからだ。

自衛隊を再編し、独自防衛を実現するということを述べたが、防衛政策のあり方については、慎重になるべきであると考えている。
最小限の装備で最大の効果を得ることを前提に、厳密な文民統制の元で、外交カードとしての防衛力を達成することを是として、暴走を防ぐ様々な監視システムを盛り込むべきだと考えている。

当然、反対の意見を述べる人もいるだろう。

防衛だけの問題に限らず、私たち一人一人の生活に密着している食料生産や、労働環境といった様々な問題についても、様々な立場から賛成・反対の意見に分かれるはずだ。
この国に暮らす一人一人が、自分の生活にかかわる様々な問題を知り、意見を述べ合って解決の方法を模索する。

それが、かつての戦争を経験して、この国が目指した姿ではなかったのだろうか。

少なくとも、何も知ろうともせず、誰かが解決をしてくれるのを待つ社会をめざしたはずではない。
そういった意味でも、この国は、教訓として築き上げたものを失い、時代に逆行しつつあると思う。

いずれにせよ、この国は、近い将来さらに厳しい選択を迫られるだろう。

オダネル氏が写真におさめた過去の歴史を知るためにでかけてこようと思う。
そして、この国がごく近い未来に経験するかもしれないことを予測し、最良の方法を考えてみようと思う。

※ジョーオダネル氏は、2007年8月10日にご逝去されました。
慎んでご冥福をお祈りいたします。

平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。
(マタイ5:9)
今生にて、写真で平和の尊さを伝えたオダネル氏が、天国で主から祝福を与えられますように。

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July 02, 2008

夏色の空に

曇天が去り 空が高くなる。

新緑は碧さを増し 夏を謳歌しはじめる。
水は澄みわたる色を磨き、多くの命を抱く。

人は、焼けた肌と汗を、酒で潤しはじめる。

諸君、己が命を存分に謳歌せよ。

太陽は強烈な日差しに乗せて、高らかに宣言する。
全ての命は、まるで、熱に浮かされたように、起き上がる。

少しだけファナティックな歓声とともに、宴は始まる。

夏色の空の下で 僕たちは踊り始める。
踊る 踊る 踊る。
僕たちは踊る。
その意味すら考えもせずに、今日という一日を踊る。
汗と心臓のビートと共に、時計は回る。

一日が過ぎ、季節が一つ過ぎ、年が一つ過ぎ、やがて時代が一つ過ぎていく。
その中で、たしかに一日一日を生きていたことを忘れてはいないけど
その中で出会った君を忘れてはいないけど

僕たちは容赦なく、「今」という時間の向こうへ押し流されていく。
その先に何が待っているかなんて考えなかったあの頃。

全ての記憶や感情は、微熱が引くように失せていく。
ただ一つ変わらないのは、あの頃、確かに見た夏色の空

あの頃、確かに見た夏色の空は今日も広がっている。

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