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June 2008

June 30, 2008

大崎・恵比寿・中目黒回遊

雨の中、営業デイ。恵比寿・大崎・中目黒の某所を複数徘徊します。

そういえば渋谷はよく行くけど、恵比寿駅周辺ってあんまり行かないよなあ。

恵比寿っていうと、最近はIT関係企業やら、映像関係の製作会社とかがひしめいて近未来的なイメージなんだけど、僕的にはビール工場と書店街のイメージなんだよな。

今のエビスガーデンプレイスのあたりって、サッポロビールの工場かなんかじゃなかったっけか。小さいころ見た風景のイメージが強くて、あのあたりに行くと、なんだかいまだにピンとこない。

でもまあ、ちょいと裏に回ると、昔ながらの書店さんとか飲み屋さんがあったりして、いい雰囲気ではあるよね。
そういえば駆け出しのころ、恵比寿に編集プロダクションが矢鱈密集していて、ずいぶんお世話になったっけか。

その頃からお付き合いがある方は、会社を大きくしたり、出版社に移籍したり色々。僕みたいに物書き続けてる人は少数。まあ、人生色々ってやつですね。

時間が空いたら、昔仕事した場所なんかを散策してみようかな。 恵比寿あたりなんかの店で軽く昼飲みするなんてのもいいかな。

3年前くらいに、恵比寿が和食の激戦地になるって記事を書きましたが、和食ダイニングを筆頭に、個性的なスタイルのお店があちこち進出して、それなりに面白かったのですが、最近はどうなっていますやら。

接待用に使えるお店から、一人でしばしば飲むのにぴったりなお店も多いので、蕎麦を肴に冷酒でも傾けようかな。雨の日の日本酒って、なぜかすごくおいしいんだよね。

個人的には、南口付近にある個室付きのお店がお気に入りではあるんだけど。
日本酒も銘柄が揃っているし、先付けから凝ったものが出てくるから楽しいしね。

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June 27, 2008

おだやかであれ 君の心の内に宿れ

得るものを得られず嘆く人

得るものを得ても満足できず
むなしさに嘆く人

おだやかであれ 君の心の内に宿れ

妬み、悲しみ、苦しみ、偽り
愛されていることを感じることができずに
嘆く人

おだやかであれ 君の心の内に宿れ

大事な今日を楽しまず 
確実に来るかどうかも分からない明日におびえ
眠れず
膝を抱える人たちよ

おだやかであれ 君の心の内に宿れ

おだやかであれ 君の心の内に宿れ

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June 24, 2008

6.23 沖縄慰霊の日

6月23日は、沖縄慰霊の日である。

63年前に終結した太平洋戦争中、米軍の上陸作戦によって、沖縄は日本で唯一、民間人を巻き込んだ地上戦を経験することになった。

1945年4月1日より始まった米軍の沖縄上陸作戦は、旧日本軍沖縄防衛第32軍司令官牛島満の自決によって、組織的な戦闘終了を迎えた。
それが、6月23日である。

太平洋戦争末期、戦力を急速に失った日本軍は、米軍の沖縄上陸を阻止するために、神風特攻隊による空母撃沈作戦などで決死の抵抗を試みる。
だが、圧倒的な物量を誇る米軍の前に屈することとなる。

嘉手納に上陸を開始した米軍は、半径700メートル以内の建物が破壊される威力の砲弾を海上から集中的に浴びせ(鉄の嵐と呼ばれる)、日本軍との戦闘の中で、民間人を巻き込んだ膨大な犠牲者をもたらした。

米軍との戦闘で、県民の4人に1人が亡くなったといわれる。(あまりにも激しい戦闘だったため、正確な数字は定かではないらしい)

戦闘に巻き込まれて亡くなった人ばかりではない。

投降して米軍の捕虜になろうとするとスパイとみなされ、日本軍兵士に殺害されるおそれがあると考えたり、よしんば米軍捕虜になっても殺害される恐れがあると考えた人たちも多かった。

そのため、沖縄本島や慶良間諸島では、ガマ(天然の洞窟)に避難した人たちが集団自殺を図るという、いたましい出来事も起きた。

また、日本軍の強制接収によって、強制移住させられ、マラリアなどに罹患したり、栄養失調で衰弱死した人も少なくないと言われる。

先に組織的な戦闘が終わったと述べたが、司令官を失った旧日本軍の抵抗は6月23日以降も続いた。

公的な戦争終結を迎えたのは、米軍第10軍司令部と琉球列島(沖縄)守備軍との間で沖縄戦の降伏調印式が行われた1945年9月7日のことである。

沖縄戦で何より悲惨だったのは、まだ学生だった少年少女が戦争に駆り出されたことだろう。

法的な根拠がなく、従軍看護要員として駆り出された沖縄師範女子部と沖縄県立第一高等女学校の職員と女子学生からなる「ひめゆり学徒隊」は、297名のうち224名が死亡した。

さらに年齢の低い、現在の高校生や中学生にあたる少年も徴用された。

沖縄師範学校、県立第一中学校、県立第二中学校、県立第三中学校、県立工業学校、県立農林学校、県立水産学校、那覇市立商業学校、開南中学校 、県立八重山中学校からなる「鉄血勤皇隊」の生徒は、充分な装備も持たされないまま、司令部の壕を護るために徴用された。

徴用された1780名のうち、890名が亡くなるという、いたましい結果に至っている。

さらに悲惨なことには、開戦前にアメリカへ移住し、通訳として米軍に徴用され、かつてのクラスメイトに銃を向けなければならなくなった沖縄出身の少年兵もいたそうだ。

かつて、机を並べたクラスメイトに銃を向けなければならなくなった少年の心情は想像することもできないが、いかに彼の戦争が悲惨だったかということは理解できると思う。

沖縄を含めた日本の戦争は、1945年に終わったわけではなかった。

少なくとも僕が生まれた1968年までは、小笠原に渡るのにはパスポートが必要だったし、沖縄も同様だった。

沖縄が返還される前は、パスポートと予防接種が必要だったし、長じた私が航空会社で働いていた頃も、南西諸島からさとうきびやさつまいもを持ち込むことは検疫の関係で禁止されていた。
わずか15年前ほどのことである。

現在も、本来は日本の領土だった、北方領土や島根県沖の竹島は、日本の敗戦を機に不当な形で外国に占拠されたままの形で今に至っている。

「現在も戦争が終わっていない」とは言わないが、大きな傷跡を残したままなのは否めないと思う。

日本が63年前に経験した戦争については、様々な意見が存在する。

あの戦争を様々な角度から眺めてみると、日本にとっても交戦国だった国にとっても、加害と被害の両面を併せ持った複雑な戦争だったから、それも当然のことだと思う。

何より大事なのは、様々な角度や立場からあの戦争を検証し、どうしたらまた戦争を起こさずにすむのか、現実的な方法を導き出すことではないだろうか。

そして、かつて戦争を起こした私たちの国「ニッポン」を否定することで、歩き続けてきた現在の「ニッポン」の社会が、本当に幸福を手に入れることができたのか。

家族ですら信じることができず、社会全体の人たちが息苦しさを覚えるようになった社会が自由だとは思えないし、ましてや、真の意味での幸福ではないと私は考えている。

人それぞれ考え方は様々だろうが、もし今の社会に息苦しさを感じているとしたら、その解決の鍵は歴史の中にあるのではないだろうか。

わずか十数歳で命を落とさなければならなかった人たちがいた、63年前の時代の人たちのためにも、私たちは幸福な時代を作る義務があるのではないか。

あの時代の歴史を正視するにあたって、決して声にはならなかった、その時代の若い人たちが後の時代に託した「自分につながる後の時代の人たちの幸福と平和を望む」声が聞こえてくるような気がするのである。
その「声にならなかった人たちの声」に真摯に耳を傾けることは、私たちの真に豊かな未来を築く上で、尊い教訓となるような気がするのである。

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June 18, 2008

悪魔の新・農薬「ネオニコチノイド」

食品の安全問題の元凶は
私たち「消費者の無関心」である。

タイトルからして衝撃的な本である。
日本ではなぜかメディアで報道されない 神経伝達物質を阻害するすることによって虫を駆除する「ネオ・ニコチノイド系の農薬問題」について触れた書籍。

国内で使用されているこの農薬は、水溶性であり、かつ無臭。しかも、半径4キロにわたって飛散するため、ミツバチなどの農業政策上必要な昆虫まで死滅させてしまう農薬として問題となっている。

その使用量は、餃子事件で問題になった中国の100倍以上!

この使用量も驚きだが、何より心配なのは、昆虫だけでなく、人間に被害をもたらすのではないかということだ。

神経伝達物質を阻害するということは、人間をはじめとした他の動物にも影響を与える可能性が容易に推測できる。また、この農薬は水溶性のため、農作物を通じて、人体内に吸収される可能性が高い。

専門家は、本薬剤が作用する神経伝達物質のレセプター(受容器)に薬剤が作用しないので、人間をはじめとした脊椎動物には害がないと反論している。


科学的な問題に言及する書籍の内容を吟味する場合、書籍の中で触れられている主張から一旦離れて、フラットな目線で向かいあうべきである。

だが、そのような公平な視点から見つめながら、本書で引用されているフランス政府の方針などを精査すると、本書の主張は、科学的かつ合理的な部分があるように思える。

この問題を追っていくと、私たちの主食である米を栽培する過程において、この農薬をはじめとした様々な農薬が、必ずしも必要と思えない使用のされ方をしているケースがあるのに気付く。

たとえば、カメムシなどの被害を防ぐために、この農薬を使用するというものだ。

カメムシは、未成熟な稲の汁を吸うが、カメムシに汁を吸われた米は、成熟後に黒い斑点が残る。

そういった米が混ざると米価が下がるため、農家の方はやむを得ず使用しているという現実がある。

だが実際は、精米時に光センサーでそのような米を取り除いてしまうので、何ら問題はない。
少なくともカメムシによる被害を防ぐという意味でこの農薬を使うという意味は、薄いことになる。

つまり、無駄な農薬を使わせ、米価を下げて農家から米を安く買い取り、消費者には農薬のリスクがある米を高く販売するシステムが存在しているというわけだ。

このような問題が、昨今騒がれるようになった食の安全の問題の底に存在していることは知られていないし、また関心を持って自分なりに検証しようとする消費者は少ない。

この農薬の問題、ひいては食の安全の問題の根源は「私たち消費者の無関心」とも言える。

農作に携わる農家の方と消費者が、不利な立場に置かれかねない現実を知ることで、「安全」と「豊かさ」を、全ての人が享受できるシステムを作り出せるのではないだろうか。

食について様々な問題が問われる中で、是非一度目を通しておきたい一冊である。

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June 17, 2008

幼女殺人 宮崎勤死刑囚の刑が執行される。

以下刑事訴訟法より、死刑執行に関連する法を引用してみる。
当該部分は、刑事訴訟法第475条-第477条

第475条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。

2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。 

第476条 法務大臣が死刑の執行を命じたときは、5日以内にその執行をしなければならない。

第477条 死刑は、検察官、検察事務官及び刑事施設の長又はその代理者の立会いの上、これを執行しなければならない。

《改正》平17法0502 検察官又は刑事施設の長の許可を受けた者でなければ、刑場に入ることはできない。

《改正》平17法050 第478条 死刑の執行に立ち会つた検察事務官は、執行始末書を作り、検察官及び刑事施設の長又はその代理者とともに、これに署名押印しなければならない。

《改正》平17法050 第479条 死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する。

2 死刑の言渡を受けた女子が懐胎しているときは、法務大臣の命令によつて執行を停止する。

3 前2項の規定により死刑の執行を停止した場合には、心神喪失の状態が回復した後又は出産の後に法務大臣の命令がなければ、執行することはできない。

4 第475条第2項の規定は、前項の命令についてこれを準用する。この場合において、判決確定の日とあるのは、心神喪失の状態が回復した日又は出産の日と読み替えるものとする。

刑事訴訟法第475条-477条
死刑執行に関連する規定より抜粋

宮崎勤死刑囚の刑が執行されたらしい。
2年前に最高裁で刑が確定した後、6ヶ月以内に執行されなければならないと法で規定されている死刑執行が、今日まで延びたのはなぜか。

刑事訴訟法の条文に照らし合わせた上では、刑事訴訟法第475条2項の読み替えを根拠とした上での刑執行ということなのだろう。

同法では、心神喪失の状態が回復したとみなされ、なおかつ法務大臣の
命令が降りた場合に、刑を執行できるとある。

公判の際、宮崎元死刑囚の心神喪失状態と刑事責任能力が争点となった。

結果的に、宮崎元死刑囚の心神喪失状態は、拘留後に生じたもので、犯行当時の刑事責任能力が認められ、最高裁で死刑が確定したようだ。

公判の経緯や判決の批評は他に譲るが、この事件に関わった全ての立場の方が、複雑な心境であることは間違いないだろう。

極刑は止むをえないが、果たしてこれで良かったのか、と。

私は、死刑廃止論者ではないが、宮崎元死刑囚の刑の執行を以って、事件が全て解決したとは思えないのである。

刑は執行された。
だが、被害者のご遺族はもちろん、この事件に関わった全ての人に苦しみを残したのではないだろうか。

日本国憲法第76条3項の定めによって、私的な感情を一切排して法令を解釈し、死刑判決を出さなければならない立場にある判事、死刑執行を命令する法務大臣、また同様に、法務大臣の命令を受けて刑の執行を指揮する検察官や刑務官も、苦しいと思う。

特に死刑執行を指揮する検事や刑務官は、「仕事」や「責務」といった言葉で割り切れない苦しさを目の当たりにするだろう。

「複数の人を殺めたものだから極刑は止む無し」と理解していながらも、法という名の元に、自らの手で、人の命を奪わなければならないのだから。

宮崎元死刑囚は、判決確定後、恩赦を求めていたとされる。

それが心神喪失状態の回復とみなされ、刑事訴訟法第477条4項をはじめとした一連の条文に合致し、合法的に死刑の執行が可能と判断されたとしたら、宮崎元死刑囚に、自らが起こした一連の犯行について、真実を語らせてほしかったと思う。

犯行当時、幼児だった複数の被害者は、生きていたら20歳を越えている年齢になっている。

犯行当時幼かった被害者の親御さんにしてみれば、いくら時が痛みを和らげても、自分の子供のことを忘れる日はないだろうし、子供が二度と戻ってこないことに苦悩する日は無くならないだろう。

自分の子供と同い年の他のお子さんが、相応の年に成長し、人生を歩んでいくのを見て、耐えられない痛みを感じ続けるのではないかと思う。

二度と帰ってこない被害者の命を心に深く刻み、生きていかなければいけない被害者の親御さんを救うものはなんだろうか。

宮崎元死刑囚しか知りえない「真実」も、その一つかもしれないと思うのは、私だけだろうか。

刑法における刑の執行は、罰を与えるものではなく、社会の中で適正に生きていくための矯正を目的としたものという大前提がある。

もはや矯正が不可能であるから、被告の命を奪う死刑を執行するという結論に達したのであれば、宮崎元死刑囚に真実を語らせ、奪われた幼い命や、そのご家族、そして社会に懺悔させてほしかったと思う。

釈然としない問題を残したまま、法的にはこの事件は解決した。

だが、被害者のご遺族や、この事件を機に社会に投げかけた波紋は、あまりにも大きい。

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June 12, 2008

せんせい、どうしておねえさんになるとちいさなパンツをはくんですか

自作絵本の読み聞かせの際に出た質問です。

質問は、幼稚園生の女の子(4歳)

「せんせい、どうしておねえさんになると、わたしよりちいさなパンツをはくんですか。」

うーん困った。なんと回答したらよいものやら。
しかしまあ、鋭い着眼点ですな。

答えを考えなければなりませんが、頭をひねりませう。
みなさまだったら、なんて答えます?

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June 04, 2008

おくすりとたべもののあいだ 鯉魚赤小豆湯

本日、東京は梅雨入りしたようです。いよいよあの時期がやってきたという感じですね。

5月中に台風が3回通過したところを見ると、今年は少なくとも夏本番まで冷えやすいお天気が続きそうですね。梅雨寒という言葉がありますが、皆様くれぐれもご自愛くださいませ。

さてさて、「食」を含めて健康にあまり留意しない当方の仕事仲間の中では、案の定、風邪気味さんや、なんとなく体がだるいといった不調を訴える人が多いようです。

体調の異変を感じた際は、医師の診察を受けるのが鉄則ですので、知り合いのドクターの受診を勧めたところ、診察の結果は全員異常なし。

なんとなく体調がおもわしくないので、医師の診察を受けたのに異常がないと診断される。
東洋医学では、このような状態を未病(みびょう)と呼びます。

病気と健康の中間にある状態と考えられているのですが、こういう体のサインを見逃さずに食事や養生法(睡眠やマッサージ・体操などの健康法)で、体に英気を養って、健康を回復することを重視しているのが東洋医学の特徴と言えます。

幸いにも僕は、わずかながら中医学の基礎理論と薬膳の知識を持ち合わせていますので、仲間内で集まって、滋養強壮が期待できる薬膳を食べて夏場の仕事に向けて英気を養うことにしました。

仲間内に蔓延している体のだるさや著しい疲労感は、腎虚(じんきょ)と湿痺(しっぴ)が原因と考えられます。

東洋医学では、水分や老廃物の排出、生殖のためのエネルギー、目や呼吸器の活動、頭脳活動のためのエネルギーが「腎」(現代医学でいう腎臓とは必ずしも一致しません)に蓄えられていると考えられています。

北京オリンピック関連がらみの仕事で徹夜が続いて疲弊しきっているせいでしょうが、取材で国内外を頻繁に移動したため、天候に体がついていかなくなっていることも原因の一つにあるのでしょう。

加えて、パソコンを使って原稿を書くため、目を酷使したのが決定打となったようです。

東洋医学的な考え方をすると、仲間内で蔓延する著しい疲労感やだるさは、老廃物を排出する「腎」のエネルギーが低下(腎虚)して、体内に余分な水分が溜まってしまったことが原因と思われます。

さてさて、前置きが長くなりましたが、滋養強壮のために、鯉魚赤小豆湯(りぎょしゃくしょうずとう)という薬膳を作ることにしました。

薬膳と書きましたが、本来は、むくみなどの改善に医師が処方することもある、伝統的な漢方の処方です。

作り方も、えらと内臓を取った鯉、小豆、生姜を長時間煮込むというシンプルなもの。

精がつくのは折り紙つきとはいえ、仲間内で食べるには少し色気がないので、アレンジして粥にしてみることにしました。作り方は以下のとおり。

1・水に浸しておいた小豆、もち米とうるち米を混ぜたものをよく研いで、土鍋に昆布を敷き、水を注いで蛍火にかけます。

2・鯉はさばいた後、皮を引いて薄造りにし、少量の山椒の粉をまぶした後、日本酒に浸しておきます。

3・土鍋にかけた小豆ともち米とうるち米が粥状になりはじめたら、おろししょうがを適量加え、角切  りにした長芋を加えます。

4・日本酒に浸しておいた鯉を日本酒ごと入れて煮込んだ後、細かく刻んだ青ネギを散らして完成。

味付けは、少量の塩と山椒ないし七味唐辛子のみ。

といいますのも、おいしく食べて楽しむことも大事ですが、滋養強壮を図るのが一番の目的だからです。
そういった理由から、味付けは塩味と東洋医学的に意味のある香辛料のみ。しかも控えめにしました。

伝統的な処方にはない長芋を加えたのも、滋養強壮を図るためのアレンジ。

東洋医学では、長芋や自然薯は、山薬(さんやく)と呼ばれていて、老廃物を排出して疲労回復を司る「腎」にエネルギーを与えてくれると考えられています。理論的には、鯉の持つ食材の力を増幅させてくれるはず。

稚拙なアレンジでしたが、幸いにも仲間内の評判は上々でした。

鯉の川魚独特の臭みが出ないか心配でしたが、山椒と日本酒で臭みが殺されたせいか、全く気にならず、滋味あふれる味となりました。

他にも、箒木(とんぶり)の和え物、あけびの蔓の酢の物、なるこゆりの蒸し物など、体に優しい副菜を用意しましたが、物珍しさも手伝ってか、みなさん楽しんでいただいたようです。

さてさて、肝心の滋養強壮の効果のほどはいかに。

プラセボ(心理的な効果)もあるのでしょうが、みなさん熟睡できて、翌日は目覚めがよかったとのこと。
僕自身も、体が少し軽くなった気がします。科学的な効果の立証はさておいて、仲間全員が英気を養えたようで、安心した次第です。

食に関連する記事を書かせていただくようになってから、産業や、楽しむことを主眼にした視点から食を眺める機会が増えましたが、今回は、「食」が心と体を養っていることを改めて実感する「気づき」を得た時間となりました。

折に触れて、こういった食事を取って、心身共々リフレッシュするとともに、心身を養ってくれる「食の有難さ」を再確認したいと考えています。

(注意喚起について)
もし、上記のレシピを再現される場合は、食物アレルギーがある方や、ドクターから食事制限を受けていらっしゃる方は、お控えください。

今回のレシピは、鯉を使っていますが、泥臭さと寄生虫のリスクを回避するために食用の養殖の鯉を使いました。
自分で鯉をさばく場合は、内臓を取り出す際に、胆嚢(小指大の大きさで緑色をしています)を潰すと、身まで苦くなってしまいますのでご注意を。

また、野鯉(野生の鯉)を使う場合は、湧き水などの中で長時間泳がせて泥を吐かせた後、さばくことをおすすめします。また寄生虫の感染を避けるため、充分な加熱調理を行い、調理後は、調理器具もじゅうぶん消毒を行ってください。

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