タンポポと仏料理
リヨンからやってきているフランス人料理人と昼食を取る。
電話で話すたびに、「日本は寒い」とぼやく彼。
なるほど、少し趣向を凝らしてみようか。寒の盛りだが、一足早い春を楽しむ昼食はどうだろう。
房総から会いに来てくれる予定の友人に無理を言って、タンポポの若葉を採集してきてもらう。
山中のやわらかな陽射しを浴びて育った若葉は、春の香りをまとっていた。
日本の穏やかな春の陽だまりを感じさせる香りだ。よしよし。
タンポポの若葉は、一枚一枚丁寧に洗い、熱湯をかけてすぐに冷水にさらす。
引き揚げて水気を切り、スライスした苺と和えて皿に盛る。
ソースを作る。
卵黄を湯せんにかけ、塩と柚子の果汁を少しを加えた後、よく攪拌。攪拌を続けながら、溶かしたバターを少しずつ加えて、乳化するまで攪拌を続ける。
タンポポの若葉のほろにがさと苺の香りを生かすために、スパイスは加えない。そのため、柚子とバターを加える量は慎重に。
sauce hollandaiseに似ているが、和風でもある。どちらでもあって、どちらでもない。
絵で言えば、油彩の名画をCGでコラージュしたようだ。和と欧の伝統的な味がお互いに主張しながら、一つの味を作り出す不思議な風味になった。
焼き上げたばかりのパンと、一日熟成させたレバーペーストを用意。
どちらも手作りで、全体の調和が取れるように趣向を凝らしてある。
レバーペーストの濃厚な風味は、ほろにがいタンポポの若葉にもよく合う。そのままでも、合わせても、新しい味を楽しめるという仕掛けだ。
食後の飲み物は、はちみつと柚子のレモネード風味の飲み物。
冬から春へ移り変わる日本のこの時期を、楽しんでもらえるのではないだろうか。
さてさて、厳しいプロの世界で生きている彼の舌は、どのような裁定を下すでしょうか。興味津々。
「これはなつかしい。小さい頃、よく祖母にタンポポの若葉でサラダを作ってもらいましたよ」
皿に目の前にした彼から、意外な答えが返ってきて驚いた。
かつての欧州では、タンポポの若葉を食用にすることは、さほど珍しいことではなかったらしい。
仏料理をはじめ、伝統的な欧州の料理を三代に渡って学んだ彼にとっては、タンポポはごくごくポピュラーな食材だったというわけだ。
もっとも、食のグローバル化が進む現在では、かつての伝統的な食事は珍しい存在だ。ちょっとしたおもてなしになる。
もてなしの狙いが思わぬ方向にずれてしまったが、彼にとっては、1万キロ離れた国で、なつかしい味を楽しむ時間になったようだ。
「それにしても、東京でこんな風味の良い野草がよく手に入りましたね」
「彼が千葉からやってくる時に、山の中で探してきてくれたんだ。さすがに、都会だと排気ガスや農薬が心配だからね。この食材は、取ってすぐ食べられるものを選んでもらったんだ」
「このためにですか? ありがとう! 大変感激しました」
同席した初対面の友人と、彼が屈託なく話しはじめるのを見て、僕もつい顔がほころんでしまう。
心が和む食事は、人を心から笑顔にする。
1人の笑顔は、テーブルを囲む人たちに広がる。
初対面の友人も、旧知の仲の私も、彼と親交を深める時間になった。
「タンポポのほろ苦い風味とソースがよく合うね」
「昔の日本では、タンポポを薬として食べていたんだ。漢方医学では、タンポポを解毒作用がある薬用植物として食べていたんだよ」
「それは初めて聞いた。この時期は、野菜が貴重になるというもあるだろうけど、体に優しいから、ヨーロッパでも食べてたんだろうね」
タンポポが、昔、薬用植物として食べられていたことを話すと、彼はとても興味深そうな顔を見せた。
食が健康とつながっていることを実感させられることが多々ある時代になった。
思わぬところで日本とヨーロッパの共通点を見つけたが、やはり食を通じて、健康を手にしたいという願いは、昔からずっとあったのだろう。
一足早い春の味覚を皆で楽しみながら、一人心の内で、皆の幸福と健康を願った。














