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August 2007

August 29, 2007

使えない写真

公的機関から依頼があった原稿を、夕方までかかって仕上げる。
本文が10pそこそこなのに、企画説明資料が200pを超えるという、奇妙なものになったが、まあ、たまにある話ではある。
さすがにこれでは商売にならないので、企画資料作成の費用もギャラとしてお支払いいただくことを交渉。
無事に稟議が通りそうで一段落。

先週末からのヤマを越えて一段落。なじみの喫茶店で、買ったばかりの単行本を読んだりしながら水出しコーヒーで和む。
小一時間ほど過ごしていたら、携帯にカメラマン女史Aからメールが。

一人になりたい時間だったが、ひょっとすると、仕事がらみの話があるかもしれないので、連絡を取って話を聞くことに。
うすうす予想はしていたが、仕事の愚痴を聞く羽目に。あらら。

涙目で現れた彼女を見て、喫茶店のマスターが抜き差しならない関係にある女性だと勘違いしたらしい。僕に対して、妙によそよそしくなったのには笑った。

どうでもいいんだが、泣くなよ。。。。
ご丁寧に隣のテーブルで、金貸しらしきオッサンと愛人らしきおねえさんの間で、「別れる」だの「手切れ金」だのとかいった香ばしいキーワードが混ざった会話が飛び交ってんだから。
マスターやお店の方の視線が痛い痛い。女性の涙は、男を抹殺しかねない威力のある武器ですな。傘を忘れた日に、硫酸の雨に降られたような気分ですわ。とほほ。

すっかり壊れた一人の時間を拾い集めることも難しくなったので、早々にあきらめて、彼女の愚痴を聞くことにした。

聞けば、取材を任されたものの、納品した写真が全部ボツになったらしい。
オーダーしたコーヒーを口にすることもなく、涙ぐむところを見ると、かなりきつく雷を落とされたのだろう。

写真をボツにされた理由を尋ねても、「そんなこともわからないのか」と、叱られる始末だったらしい。

で、僕に写真を見てほしいというのだが、出された写真を見て閉口してしまった。

写真の良し悪しを客観的に評価するのは無理だと言うのが僕の持論だが、なるほどこれなら、ボツになるだろうな。
僕が編集者だったら、やっぱり全部ボツにするだろう。

被写体が見切れているし(一部が映らず、写真からはみ出てしまっている状態)何を伝えようとしている写真なのか、意図が全く伝わってこない。
事実を正確に収めた「記録写真」でもないし、自分の感じたことを写真に閉じ込めた「作品」でもない。

そもそも企画の内容からして、「作品」としての写真を求められる企画でもない。

そもそも、文章に添えられる写真だから、テキストの文字の持つ力を借りなければいけない映像を、自分の感性を封じ込めた「作品」と呼ぶには力不足だろう。
(もちろん世の中にはそういった企画を意図して撮影された写真が多数存在するが、少なくとも渡された写真はそう呼べるものではないように感じた)

そのことを伝えたら、彼女は閉口してしまった。

彼女は、写真を撮り始めた時からクライアントに恵まれて、メディアからも出演依頼が届くようになった幸運の持ち主である。

写真を撮ったり、文章を書いたりする仕事は、資格を必要とするわけではない。クライアントから依頼があれば、決してクオリティが高い作品を生み出せなくても仕事として成立してしまう部分がある。
また、メディアの出演などで話題性を獲得してしまえば、それがまた仕事の依頼を運んでくるという実態があるのも事実だ。

彼女は、自分のカラーや感性を写真の中に追及することや、仕事として写真に携わる姿勢を学ぶ時間が少なかったのだろう。

そういったことを忠告してくれる人がいたと思うのだが、その声を真摯に受け止めていなかったのではないか。
そう伝えたら、彼女は押し黙ってしまった。

長い間、クリエーター業界に身を置いていると、波が引いたように仕事が来なくなることも多い。
そういった時は、焦らず、次の作品世界を作り出せる何かを模索した方がいい。

忙しい毎日の中で生まれる作品にも意味があると思うが、ゆっくりとした時間の中で、経済行為を考えずに、のびのびと何かを見つめる中で生まれる作品は、新しい大きな流れを作ってくれることが多い。

「経済」という、生活には欠かせない行為から遠ざかってしまうのは不安感もあるだろうが、物を創り出す作業と摩擦を起こしやすい問題から距離を置くことができたという見方もできると思う。

ここで一度、執拗に撮りたいものを見つける時間を得てもいいのではないか。

そう伝えたら、彼女の表情がほころんだ。短いながらも厳しい時間の中で実戦を重ねてきただけはある。

話がはずみはじめたら、早速撮りたいテーマを話してくれた。
ヌードが撮ってみたいそうな。ほ、ほう。撮影助手とかやろうかなオイラ。

あ、ちなみに被写体は男性です。
女性モデルさんのヌード撮影の仕事も、幾度か経験してますが、個人的にはあまり関心がありません。

ヌード写真は、ほどよく鍛えられて引き締まった肉体の男性(バレエとかやってる人が理想ですな)のモノクロ写真が、写真作品としては一番美しいと思ってますので。

モデルさんが決まったら、オイラも銀塩カメラ持ち込んで撮らせてもらおうっと。

期せずして企画会議となりましたが、楽しみが一つ増えました。

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August 21, 2007

奈良漬マジック

例のごとくキッチンスタジオでお仕事。

今日はチリ産の養殖鮭のレシピを考えているのですけど、なかなかアイデアが沸かなんだ。

もたもたしてる間に、まかない飯作らないといけない時間になったので、ごくごく普通に鮭の切り身を酒蒸しにして焼いてみたら、若手スタッフから妙な話が。

「この鮭、うにの味がします」

はあ? んなアホな。などと思いつつ確かめてみたら、あれ?
ほんとだ。うにの味がする。

あれこれ試してみたら、酒蒸しした後に焼いた油の強い部分をつけあわせの奈良漬と一緒に食べると、なぜかうにの味になることを発見。
お茶漬けにしても全く同じ。山口の下関とかで売られてるアルコール漬の練りうにの味がする。

うーん、さっぱりわからん。なんでだ?

でも自然な風味だよなあ。奈良漬と一緒にいただいた時だけ、うにの味がするのは間違いないから、奈良漬の旨み成分と鮭の油が加わると、うにの風味みたいに感じるんだろうな。

てことは、奈良漬とチリ産の養殖鮭を加工したら、うにの風味の製品とか作れるかもね。邪道ではありますが、ちょっとこの線で攻めてみませう。
美味しいものが出来るといいのだけど。しかしまあ、不思議。まさに奈良漬マジック

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August 20, 2007

なんか事実と重なっていく気が

沖縄の那覇空港で、台湾からの中華航空機が炎上する事故が起きたらしい。なぜか、そのニュースの後から、このブログに海外からのアクセスが急増。祭り状態。なんでだろう? あ、メルマガで流してるこの作品のせいかな?

松沢直樹 著 「桜の舞う空の下で」(第152話より)

「続けて」
 優が腰縄の鞭を振り上げると、ギルは慌てて話をはじめた。

「キーマンは、台湾籍の学生ビザで日本に入国した人物だ。留学生を装いながら、水面下で日本政府の外交関係者や防衛関係者の一部を抱き込んで、テロを企てようとしているという情報が入ったんだ。そこで、テロリストグループと接触を図って、真偽を見極めろという指示が降りた

「ひょっとして、その台湾籍の学生って、呉美華って女の子じゃない?」

「どうしてそれを?」
 優がそう言うと、ギルは驚いた表情を見せた。

「ちょっと訳ありでね。その女の子を追っていて、ややこしい話に巻き込まれたってとこさ。ところでさっきの話だけど、ちょっとわからないなあ。テロリストといっても、一人でしょう? 人一人消すくらいわけないじゃない? どうしてペンタゴンは、テロリストグループへ潜入することを指示したのかな?」

「彼女がアメリカ政府にとって脅威になる情報を握っているからだよ。台湾の米軍基地内や米海軍第七艦隊内で秘匿されているはずの沖縄・台湾海峡の中国海軍の情報を盾にして、アメリカ政府に脅しをかけてきたことがあるらしい。うかつに彼女の抹殺を企てて失敗しようものなら、国際社会の中でアメリカ政府が窮地に立たされることになりかねないからね。もちろん、そんな情報を握られてる以上、日本政府に通報して、しかるべき処理をしてもらうわけにもいかない。まかり間違えば、アメリカの国益に関わる話だけじゃなくて、世界の軍事バランスの問題にも発展しかねない」

「在日米海軍横須賀基地から、小型核と生物兵器をテロリストグループに横流しさせたのも、ペンタゴンの指示なわけ?」
 優がそう言うと、ギルの表情が曇った。

「はめられたんだよ……ペンタゴンからは、欺瞞作戦を展開すると説明を受けた。テロリストグループに取引を持ちかけて、ダミーの小型核と生物兵器を渡して、一気に容疑者全員の身柄を確保するという作戦指示だったんだ。私は本国の指示どおり、用意された小型核と生物兵器を渡したんだが……」

「それがなぜか本物だった。それで、テロリストグループに潜伏しながら、指示を待ったが、テロが決行されても本国から何の指示もなかったんで、痺れを切らして逃げ出してきたというとこかな?」
「その通りだ。でもなぜそれを?」
 ギルが優に尋ねた。

「ちょっとね。なるほど、まあ、大筋は読めたな。気の毒だけど、ギルさん、あんたアメリカ政府から捨て石にされたんだよ」

 そう言うと、優は店内のテレビのスイッチを入れた。NHKにチャンネルを合わせると、国会議事堂前駅を占拠したテロリストが、機動隊員を射殺したニュースが流れていた。まだ混乱が続いているらしい。現場とスタジオの映像が何回か入れ替わった後、テロリストグループがストリーミングでネットに流していた映像が流れはじめた。

「マスク被って犯行声明読み上げてるやつの隣にいるのって、ギルさんでしょ? ギルさんの身元が割れたら、アメリカ政府は世界中のマスコミに働きかけて、アメリカ政府を裏切って、テロリストに協力した人物として一斉報道するだろうね。そうなると当然、ペンタゴンが指示した作戦司令のことは、闇に葬られることになる。つまるところ、ギルさんはアメリカ政府の捨石にされるってことだね」

「なぜだ? なぜそんなことをする必要があるんだ? 指定されたダミーの小型核と生物兵器を渡した時に、連中を逮捕すれば済む話だったんじゃないか」

「合理的に考えればそうなるね。でもさあ、テロリストの情報は日本政府もかぎつけているだろうから、そうは簡単にいかなくなるんじゃない?」

「どういうことだ?」
 氷室刑事が口を挟んだ。

「氷室さんならなんとなくわかるんじゃない? 警察庁の警備局から直接命令を受けて、ロンの彼女を監視対象にしてたんでしょ? どういう指示が下ってたかは知らないけど、少なくとも警察の上層部は、ロンの彼女の素顔を知ってたってことじゃない?」

「俺が命令を受けたのは、定期的な監視だけだ。詳細までは聞いていない」

「警備局上層部から直接下される命令にしてはおかしすぎる。だから命令を無視して深入りしてロンの彼女を尾行した。そしたら警察庁から追われることになった。そうでしょ?」

「そうだ。わけのわからんことばっかり続いて、逃げ回るのがやっとだったが、こうなるとなんとなく話がつかめてきたな」

「どういうことなんだよ。さっぱりわかんねえぞ」
 タカさんがしびれを切らした声を出した。

「国家対国家のパワーゲームに巻き込まれたってことだよ。いや、もっとややこしい話かもしれん」
 氷室刑事がさもうらめしそうに、拳でテーブルを叩いた。

-----引用終了(って、自分の作品に引用も何もあったもんじゃないんだが)---

この作品って、日本に台湾の学生ビザで入国したテロリストが、日米両政府のパワーゲームの中にある脆弱性を利用して、防衛関係者や政府関係者を抱きこんでテロを企てるってストーリーなんだけど、荒唐無稽なストーリーが、どんどん現実化するような気が。

テロリストグループが防衛関係者を抱きこんで陸上自衛隊の練馬駐屯地から89式自動小銃を盗み出すシーンを書いた後に、実際に大分の陸上自衛隊の駐屯地で、89式自動小銃の紛失事件が起きた。

自衛隊の武器保管のセキュリティについては情報がなかったので、全くのフィクションを描いたのだけど、まさか実際にそういった事件が起きるとは思わなかった。

予期せず未来を言い当てる結果になり、個人HPにアクセスが集中して、一時大騒ぎになったですな。

(個人的には、もっととんでもないことがモロわかりになったんだけど、さすがに書く気にはなりません)

で、台湾から沖縄に着陸した中華航空機が炎上したというニュースだけど、心配だよね。単なる事故であってくれればいいんだけど。まさかテロじゃないよな。

正確な原因については、国土交通省の事故調査委員会の精査を待たなければいけないと思うけど、それとは別に、治安維持についての危機管理を見直す必要もあるかと思う。

日本は国土の関係上、航空機や船舶によるテロについて、脆弱性が強く見られるからだ。こういった形での軍事的攻撃を受ける可能性もないとはいえない。

防衛危機について書かれた小説といえば、麻生幾氏の「宣戦布告」や、福井晴敏氏の「亡国のイージス」が有名だけど、これからの時代もし、先進国が軍事クライシスに巻き込まれるとしたら、特定の国家組織に育成された軍事組織ではなく、既成の国家の概念を超えた組織だろう。

アメリカの9.11テロ以来、世界中で似たような事件が次々と起きていることを、司法組織や防衛組織はどのように認識しているのだろうか。心配ではある。

ちなみに、本作では、日米両政府の脆弱性をついたテロリストグループが、国会議事堂前駅を占拠して、NHKをはじめ、世界中のメディアを通じて、テロリストグループが日本政府に宣戦布告を仕掛けるシーンが展開していますが、色々な資料をつき合わせてみると、全く起こりえない話だと言い切れないのが恐い気がします。

一小市民としては、そんなことが起きないことを願うばかりですが。

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August 17, 2007

本当はエロい センター試験古文

以前面倒みてた学生からメールが。
とりとめのない日常を綴った中に、受験勉強が遅々として進まないという一文を見つけ、電話をしてみた。

なんでも理数英は高得点をマークできるものの、国語が今ひとつらしい。
理系志望だが、国公立大学を受験するには大学入試センター試験を受験しなければならないので、四苦八苦しているそうな。

それは理解できるが、国公立大学の理系学部に進学するなら、文字通り国語はセンター試験だけしか必要がないはずなので、今から対策を練るには時間が早すぎると思うのだが。

などと問うてみたら、理系志望の高校生に限らず、国語が苦手な学生というのは多いらしい。

マーク式のテストとはいえ、配点が高く一問のミスが合否につながりかねないので、この時期から勉強をしっかり対策しておかないと厳しいのだそうだ。

ふーん。まあ確かにそうだろうな。国語の成績って現代文・古文にかかわらず基本的に小学生くらいからの読書量に比例するからね。

最近のセンター試験の出題傾向をさらっと見てみたけど、現代文・古文ともども、一定量以上の文章を読ませて内容を正確に読解しているかどうかを問う問題が増えているから、たしかに短期間で成績はあがりにくいわな。

とはいえ、古文・漢文はほとんどの学生が中学・高校になってはじめて触れるものばかりなはずなので、出題者側もその意図は汲み取っているはず。
そこを逆読みすれば、短時間で高得点が狙えると思うんだけど。

古文の場合、この10年の間に有名な作品からの出題を避け、あまり知られていない作品からの出題に分散する傾向になりつつある。(つまり山かけがしにくいということ)

とはいえ、やはり極度な難化を避けるために、一定の出題傾向が見られる。

・現代語とは意味が違っている古語、現在では使われなくなった古語の意味を問うもの。しかも誤答を誘導しやすい語句の意味を問うもの。

たとえば

うつくし→かわいらしい
あなかま→うるさい・静かにしなさい
     
とかね。現代人にとって古文というのは、文字通り外国語に等しいので、文脈を正確に理解するために必要な鍵になる言葉の意味を正確に理解できなければ、文字通り全体が理解できなくなる。

出題の形を変えて、こういった問題は今後も出されるだろうから、まずはこういった狙われやすい単語だけを絞って覚えた方がいい。覚えるといってもせいぜい100語前後くらいじゃないだろうか。他の勉強の合間に目を通して起きながら、10月以降に本番に備えて再度覚えなおすことをやればいいだろう。

・和歌の重要性
この数年、センター試験の古文は中世以降の作品から出題される傾向があるようだけど、やはり平安文学が要とされているのは変わらないようだ。

平安文学の特徴として、男女の色恋沙汰や人情を扱ったものが圧倒的に多く、主人公とヒロインの悲喜こもごもな顛末を描いたものが多い。

またこの時代は、自分の心情を和歌に託して相手に伝えることが日常的に行われているので、問題中に出てくる和歌の意味を読み解くことで、問題文として出題されている作品の梗概を読み解けることが多い。

つまり、問題文中に和歌が出てきたら、それだけで一問くらいは正答を稼げる可能性があるということです。

今年出題された「兵部卿物語」の一節をみてみませう。

姫君は寄り臥し、御手習ひ、絵など書きすさみ給うて、按察使の君にもその同じ紙に書かせ給ふ。さまざまの絵など書きすさみたる中に、籬に菊など書き給うて、これはいとわろしかしとて、持たせ給へる筆にて墨をいと濃う塗らせ給へば、按察使の君、にほひやかにうち笑ひて、その傍らに、初霜も置きあへぬものを白菊の早くもうつる色を見すらんと、いと小さく書き付け侍るを、姫君もほほ笑み給ひつつ御覧ず

赤線のところが和歌ですね。この部分に、登場人物が伝えたいことが託されています。

「初霜も置きあへぬものを白菊の早くもうつる色を見すらん」

「まだ初霜も降りないのに、白菊がこんなにも早く色変わりしてしまうなんて」 
という意味ですが、これだけを読めば、勘のいい子は登場人物の二人がどのような関係にあるのか、出題者は何を問おうとしているのかがわかる可能性が高くなってきます。

(ご丁寧に、設問の前には大体、出典とそのシーンのシチュエーションを説明した文章が書かれていますので、より正確に、ものがたりの梗概と出題意図を把握できるようになっているはずです)

ちなみに、「兵部卿物語」っていうのは、主人公の兵部卿の宮と、かつての恋人とのおはなし。

恋人は兵部卿の前から姿を消して按察使の君と名乗り、右大臣の姫君の女房(女房というのは、身分の高い人のお世話をする女性のこと。姫君が奥さんをもらっていたわけではない)として出仕する身分に落ち着きます。

ところがそうとは知らない兵部卿は、周囲の勧めに従って右大臣の姫君と結婚してしまうんですな。(なんか昼ドラみてえ)

按察使の君は、雇い主があまりに昔の恋人に似ているので、ある日たまらなくなって侍従に尋ねるとまさにその人だと知るわけです。

今さら会ってもなんだかなあ……と思って過ごしていたある日、姫君からお呼び出しを受けて、あれこれ紙に書いて遊びに興じる。その一節が上のシーンですな。(なんかお昼のどろどろしたドラマみたいな展開が……)

話は脱線しますが、今でこそ格調高い文学としてもてはやされているものの、センター試験で出題される古文の作品ってエロい作品が多いよなあ。

さすがにここでは現代語訳を書きませんが、ヤリたい盛りのお年頃の読者が目にするわけですから、過去に出題された作品のダイジェストを現代語で書いた資料集作ると売れるかも。

もちろん、違う楽しみ方もできます(をい)
どっかの版元さんにでも売り込んでみようかな

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August 16, 2007

熱中症寸前。。。

ほぼ徹夜で今日も出先の事務所でお仕事だったのですけど、冷房って苦手なんで適宜オフにしてたら、熱中症寸前になりました。。とほほ。

しかしまあ、暑いのは関東だけじゃなさそうで。年々日本中が暑くなっていってるみたいだけど、大丈夫なのかな?

極めて能率悪くなりながらも諸々のお仕事実行中。戯れに過去の仕事のアーカイブを整理してたら、刊行中の電子書籍が全てhon.jpで見られることがわかって感激。

http://hon.jp/

このサイトで「松沢直樹」をキーワードにして検索すると過去の著作が全て出てきますな。

パソコン向けの電子書籍はわかるんだけど、携帯向けの電子書籍もそのままアクセス・購入できるみたいね。

どうでもいいけど、電子書籍小説って5冊も刊行してたのね。
自分でもすっかり忘れてました。。。

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August 09, 2007

長崎原爆忌

62回目の長崎原爆忌を迎えました。

昨年と違って、僕の住む関東は雲ひとつない晴れ渡った一日となりました。
朝から暑い一日となり、セミがにぎやかに鳴くのは、いつもの夏の日となんら変わりありません。
ですが、62年前のこの日、長崎に投下された原爆が、その当時生まれていなかった自分にも大きく関わっていることを考えると、やはり色々なことを考えてしまう一日だと思います。

昨年、このブログで長崎に投下された原爆について、詳しいことを書かせていただきましたので、原爆が投下された歴史的経緯などについては、過去ログをご覧いただければと思います。

http://nomichan2001.cocolog-nifty.com/epsiloncafe/2006/08/post_bdca.html

この問題が、過ぎ去った過去の出来事ではないこと。そして、もし実際に再び核が使われることになれば、国家を超えて、また長い時間に渡って多くの人に爪あとを残してしまう可能性があること。

そして、私達の住む世界は、62年前とは確実に姿を変えていて、国家やいろいろな考え方の壁を越えて、一人ひとりがお互いに関心を持ち、それぞれの生き方を理解する努力を続けなければ成り立たなくなっていること。

そういったことを、世界中の一人でも多くの人が感じてくだされば、この問題の本質的な解決につながるのではないでしょうか。(もちろんそう簡単なものではないことも承知してはいますが)

激しい憎しみの感情を持ち、争いを引き起こすのも人間の姿ですが、誰かを慈しむ心を注ぐ神々しい姿を現せるのも、また人間の姿だと思います。

これからの未来が、そういった心があふれた姿で満たされる時代であることを静かに祈りながら、今日は11:02分を迎えたいと思います。

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August 06, 2007

広島原爆忌

間もなく8時15分17秒を迎えます。

僕が住む関東地方は、昨年とは違って静かな暑い朝を迎えました。
いつもの年のように、蝉がにぎやかに鳴く夏らしい一日です。

朝食をとり、こまごまとした用事をすませ、生活の糧を得るために働く準備をすることは、いつもの朝と何ら変わりありません。

62年前のこの日のこの時間に、広島で過ごしていた人たちも、たぶん多くの人が僕と似たような時間を過ごしていたのでしょう。

その人たちが、8:15分を境に、どのような時間をたどることになったのか。

多くの資料を目にし、その現実に直面した多くの方から生々しい体験をうかがってきましたが、その全てを知りえることはできないにしても、いかに凄惨な現実がそこにあったのか知ることができるように思います。

僕が生まれる23年前に、戦争は既に終わっていて、原爆のことも歴史として扱われるようになりつつありました。

僕自身、テレビを見たり、出始めのテレビゲームで遊びながら育った世代ですので、今のお子さんと近い感覚の中で育ったのではないかと思っています。

ただ今と唯一違っていたのは、すでに歴史のこととして扱われ始めていた戦争や原爆について、身をもって経験した方が周囲にたくさんいたことではないでしょうか。

当時は子供でしたから、怒りの入り混じる戦争の事実を伝える声を、ただ恐ろしい事実としてしか捉えることができませんでした。

ですが、今思い起こしてみると、多くの方に共通していたのは、戦争はいつの時代も自分の身の回りに存在する脅威だということ、そして、一人ひとりが自分の生活に関わる問題として捉えなければいけない問題だということではないか、と思います。

その声が年を追うごとに強くなり、今では、国家や世代を超えて、そのような悲劇を繰り返さないことを願う声が多く聞かれるようになった気がします。

残念ですが、その声は、多くの人が願うことでありながら、当たり前のこととしてこの世界に浸透するまでには至っていません。

当たり前のことが当たり前でなかった今までの世界を変えるための
勇気をぜひ持ってください。

そのことが、そう遠くない未来に実現するように、今朝は静かに祈りたいと思います。

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August 01, 2007

心配な8月

ほぼ丸一日、取材で右往左往。
教科書のリライトをやりながら、個人サイトを久しぶりにいじる。

ブログのアクセス解析を見てみたら、原爆をテーマにした拙著児童向け小説の記事にアクセスが集中してるね。

そかそか8月だもんね。
原爆記念日とか終戦記念日が近いしね。

過去の歴史を学ぼうとかいった趣旨で、こういった記事にアクセスが集まるのならうれしいのだけど、どうもそんな雰囲気ばかりじゃないのが心配だ。
外国のアクセスや国内のリンク元をたどってみていると、なんだか世相のきな臭さを感じる。

ぼくたちの空とポポの木という、子供向けの小説作品を上梓して、もう2年が過ぎようとしている。

原爆をテーマにした作品は、井伏鱒二の「黒い雨」の時代から、豪腕な筆力の作家さんたちが数え切れないほど上梓して現在に至っている。

そのことを考えると、僕のような無名で非力な筆力の書き手が選ぶには、分が悪すぎるテーマだ。

それでも書こうと考えたのは、原爆の問題も含めて、過去の戦争の問題を、客観的に総括する作品が見あたらないから。

残念ながら、この国や世界中の多くの人がそうであるように、過去の戦争を、加害と被害の視点でとらえることから脱却しきれていない。

事実を事実として知る必要があるのは肯定するが、それらの事実を俯瞰する視点から全体を眺める姿勢を持たなければ、そう遠くない未来に、この国はまた同じ事態を経験することになるだろう。

などということを言っても説得力は全くない。
平和なこのニッポンという国では、一笑に付される提言である。

歴史が過去の存在ではなく、また繰り返される可能性があるという危機意識がほとんどの人に備わっていないのだから、やむをえない話ではあるのだけど。

徒労感に似た感情を抱えながら、執筆に至ったが、皮肉にも上梓した直後に、北朝鮮のミサイル発射問題がクローズアップされ、国際間の緊張について多くのメディアが取り上げることとなった。こんな形で自著に関心を持っていただくことになるのは複雑な心境である。

メディアの取材を受けた際も、この話題について言及したがが、「軍事的緊張が高まる裏側に、人間が暮らしていることや、その人たちがどういったことを考えているのか理解しようとする姿勢が、衝突を避ける非常に有効な一つの手段であることを日本は知るべきだと思う」と述べた。

そういった発言を、平和ボケした非現実的な意見とコメントする人もいたようだが、私は防衛政策については、極めて現実的な考えを持っている。

ただ、そういった防衛政策の前に、相手国に関心を持ち理解を深めようとすることが、衝突を避ける上で極めて有効な抑止力になることも理解すべきだと言いたかったのだけど。

私たちが住むニッポンという国は、四方を海に囲まれていることもあって、隣国や交流がある国から影響を受けて生活していることを意識しづらい。
逆に言うと、そういった意識が浸透していたなら、私の発言を曲解する人も少なかったと思うのだが。

それから一年近く経ったが、どうやらそういった意識は、短時間で根付くことはないらしい。

アフガニスタンでなぜ韓国の人たちが拘束されているのか
ガソリンの値段がなぜ急騰しているのか
なぜ経済的な問題から1年の間に3万人以上の人が、この国では自ら命を絶っているのか

こういったことをなぜマスコミが大きく報じないのか

少し見渡せば、こういった矛盾があちこちに転がっていて、そのことが実は自分が生きていくことと密接につながっていることに気づくはずなのだけれど。

とことん、どん詰まりに進む前に、多くの人が目を向けてくれればいいなと、心から思う。

心配な8月は今日から始まる。

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