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April 2007

April 30, 2007

開戦前夜-日豪安全保障協力宣言

なんだか物騒なタイトルですが、日本が戦争始めるわけじゃないです、念のため。

開戦前夜というのは、三角合併解禁の話。日本の経済首脳陣も戦々恐々としているようですな。

三角合併というのは、株式会社の吸収合併の手法の一つ。

ある会社が、他の企業の買収を考えた場合、直接買収することはせずに、自分の子会社と、買収したい会社を合併させて、傘下に収めるというもの。

以前は、会社法で禁止されていた持株会社が解禁になったから、可能になったことでもあるが、メリット・デメリットの両面がある。

買収される会社の株主には、買い取り代金(「代金」といっていいのかどうかは不明だけど、あえてここではこう表現する)として、親会社の株式を渡すことができるから、会社の買収や合併が容易になる。

特に、手持ちの現金はないけれど、二つの会社が合併すれば、より売り上げを上げられる可能性がある場合で、買収や合併を検討している場合は、非常にメリットが大きい。

たとえば、食品製造会社と、レストランチェーンのような外食産業関係の会社が合併するとかいった場合ね。

食品製造会社が製造した食品を、外食産業会社へ「食材」として直接卸売りすることで、廃棄率や仕入れのコストをお互いの会社が削減して、売り上げを伸ばせる可能性がある。

ところが、普通の企業は、株式を発行したり、金融機関からお金を借りることで、現金を調達しているので、預金ないし、現金の調達ができないと、今までは、合併や買収したりすることが難しかった。それが緩和されるということでもある。

「それじゃいいことづくめじゃん」という話になるんだけど、必ずしもそうじゃない。

親会社は現金を用意しなくても、自社株で買収が可能になるから、外国企業が、日本に設立した子会社を使って、日本企業を買収しやすくなるというデメリットもでてくる。

現在の世界経済を俯瞰してみると、時価総額が大きい外国企業は山ほどあるから、株式を公開している企業が狙い撃ちされるのは必至だ。

中には、会社の経営よりも、事実上乗っ取りを目標にした、悪質なファンド(投資グループ)による買収が増える可能性がある。
株式を買収して、会社を乗っ取り、経営権を握った後は、買収した会社を切り売りして利益を得て逃げてしまうというわけですな。

一部の企業は、こういったトラブルを回避するために、株主から株を買い戻して、非公開に戻したりしているけど、特に何の対策も行っていない企業も多い。

おそらくこの数年の間に、色々な買収劇が繰り返されるだろう。文字通り、今日は日本の開戦前夜というわけです。

日本はかつての経済成長時期からみて、明らかに人口が減少しはじめたので、海外からの投資を増やし、経済を活性化するしかないという意見も多い。

イギリスがその方法で成功して、十数年ほど経済成長を続けているんだけど、産業の構造が根本的に違う日本が、果たして同じ方法を踏襲して、成功するのかは疑問ではある。

事実上、アメリカの資本の枠に組み込まれてしまう可能性が高いような気がするのだが・・・・・

戦後、アメリカは日本から、「軍事」「穀物の大量生産」「金融」という、国際社会で強力な競争力となる力を取り上げた。

それは今も続いていて、三角合併でいよいよ「王手」をかけられたかと思ったら、そうでもないようだ。

以前から情報をウオッチしていたが、日本は、三月にオーストラリアと「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を締結した。

日本がアメリカ以外の国と安全保障を結ぶのは初めてなので、なぜ話題にならないか疑問なのだけど、アメリカと中国のにらみ合いが始まった中、非常によい友好状態にあり、農産物や軍事面でも協力体制が強いオーストラリアと緊密な関係を作っておこうということだろう。

経済は、政治や軍事の問題、そして農作物や工業製品の生産能力と密接に関係している。利害関係が一致しているわけだから、ある意味自然な成り行きでもあると思う。

日本としては、いざとなったら、アメリカ・中国のシーソーの上から飛び降りて、オーストラリアと手をつなぐ体制を作り、オーストラリアは、世界第二位の邀撃能力を持った、海上自衛隊の軍備とハイテク技術を持つ日本と提携して、アメリカ・ヨーロッパに対して、太平洋地域への関心を持たせようという考えもあるのだろう。

日本・オーストラリアの結びつきが強くなれば、すでに日本と軍事面で緊密に締結しているアメリカも合流せざるを得なくなり、アジア太平洋地域での多国間安全保障協力の基礎が生まれる可能性がある。

そうなると、中国との冷戦の雪解けも始まるし、東アジアや中東の問題も解決に向かう可能性が出てくる。悪い話ではないね。

日本とオーストラリアは、官民ともども非常に緊密な状態で、親交が深まりつつある。

とはいえ、第二次大戦中は、日本とオーストラリアって戦争をしていたんだよね。

一時はこじれた仲も、努力によってこれだけ回復することができるのだから、アジアの某国や、有識者の意見をことごとく無視して、中東に兵士を派遣したがるどこかの国も、折衝する考えを前提に、平和と安定に努めてほしい、と思うな。

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April 22, 2007

町田市立てこもり事件の疑問

昨晩は町田市の立てこもり事件で、大変な一夜でした。

適切な意見ではないかもしれませんが、何はともあれ、容疑者が立てこもった同じ集合住宅にお住まいの方が、被害に遭うこともなく、解決に至ってなによりでした。

警察からの指示で、集合住宅にお住まいの方が、長時間外出が禁止されたことについて、批判が多いようですね。

いろいろな意見があるでしょうけど、容疑者がどのような銃火器や危険物をどれくらい保持しているかわからない状況でしたから、やむをえなかった部分もあるように思います。

昨晩は、関係筋から今後の展開について、たびたびコメントを求められました。
何分、リアルタイムで情報が配信される時代ですからねえ。
自主規制が行き届いているとはいえ、日本人がほとんど経験したことのない銃器犯罪が進行しているわけです。

警視庁がSIT(※)を投入した時点で、説得に応じなければ、建物の見取り図や周辺を囲んだ警官隊が収集した情報を勘案して、明け方から早朝に突入・逮捕に踏み切るのだろうなとは思ってました。

とはいえ、憶測にしかすぎない話をするわけにはいかず、コメントは控えさせていただきました。(もっとも、私ごときが、コメントしたところで、何も影響はなかったとは思うんだけど)

(※SIT-Special Investigation Team・刑事部捜査第一課特殊捜査班-人質立てこもり事件、誘拐事件、企業恐喝事件、業務上過失事件などに出動する。

推理小説や映画でよく名前を聞くようになったSATとは違い、刑事部に所属するため、人質の安全確保と犯人の逮捕を第一目的に行動する。
1963年の「吉展ちゃん誘拐事件」の教訓から創設された経緯で、犯人の説得交渉術などの専門訓練を受けた捜査官やマスコミ対策の専門捜査官も存在しており、こういった事件の検挙率は非常に高い。

92年に、神奈川県大和市のホテルで神奈川県警の警察官を殺害し、町田市の民家に人質をとって立てこもった事件、97年の町田市の指定暴力団の立てこもり事件も同様に出動し、いずれも検挙に至っている)

警察組織の捜査は、警察法の関係で、原則として各都道府県単位でしか行えない。

とはいえ、今回の事件があった町田市は神奈川県の県境に隣接しているため、東京都と神奈川県にまたがった形で犯罪が発生した場合、法令の原則に従うと、取り返しの付かない事態がおきかねない。

そこで特例として、相互扶助しながら捜査・検挙することが認められているようですが、そのシステムが機能していることが認められた事件でもあったように思います。

こういった事件は発生しないことが一番なのは言うまでもありませんが、いざという時のための組織体制や法整備をきちんと行ってほしいですね。

さて、本題(前置き長いよ)

この事件をもう一度見てみると、なんか不思議ですよねえ。

何が不思議って、容疑者の素性ですよ。

容疑者は暴力団員と報道されていましたが、指定暴力団とはいえ、容疑者が所属していたのは、昔ながらの的屋さん(縁日や、お祭りなんかで露天を営んだりする人を束ねることを生業にしている存在)

同業者同士のしのぎの削りあいはあったようですけど、基本は堅気の衆相手に客商売でしのぎを得ていた団体のようです。

それゆえに、経済的にままならなくなって、都営住宅に住まなければいけなくなり、金銭問題から相模原市の金融機関を襲撃する事件を起こしたというのは、理解できなくもありません。

とはいえ、容疑者がそんなに経済的に困っているとしたら、拳銃と大量の実弾を用意できるものなんでしょうか?

容疑者は、説得に対し、「死んで詫びる」と回答しており、警官隊の説得にも応じず、自分で頭部を撃って重態に陥り、現在救命治療が続けられているということが一斉報道されていました。

非合法組織に所属していたとはいえ、そんなナーバスな人物が、大量の実弾保持と金融機関の襲撃という重大犯罪に走ったのは別の理由があるような気もします。

あるメディア報道では、「これで長崎の伊藤市長襲撃事件に続いて、また銃器犯罪が起きた」と記事を配信していました。

そういえば、二日連続で銃器犯罪が起きたわけで、この町田市の事件で、長崎市の伊藤市長銃撃事件の報道が一気に減った気もします。
少なくとも国民の目は、こちらの事件に目が向きました。

単なる偶然なんでしょうけど、何か気になりますね。安息の日々が一番ではありますが。

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April 20, 2007

深夜の煮豚

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不可思議な政治の問題に言及しつつ、肉体労働にいそしんでたりする。某中華料理屋で仕込み中。
写真は煮豚20キロ
かたまりつけこんで、一人で、たこ糸巻くの大変だった。
炭火の釜がつかえるんだから、焼き豚焼かせてくれればいいのに。その方がどんなに楽だったか。スパイスとか調味液の仕込みとか全くオリジナルだから、店の味にかかわるだろうし、日本人(リーベンレン)の造る中華が本場物よりうまいってのが癪に触るってのはわかるけどね。

料理人として仕事を依頼するなら、考えてほしいっす。

まあアウェーで戦うことは慣れてるので、あまり気にはしてないけどさ。

とはいえ、彼らから学ぶことも多い。
僕の好きな彼らの言葉に、三神刀(サンシェンタオ)という言葉がある。
三神刀っていうのは、包丁、床屋さんのかみそり、仕立て屋さんの裁ちばさみのこと。

どこのどんな国に行っても、衣食住に関わることは絶対に必要だから、こういった刃物を扱える技術を身につけている人は、あとは努力次第で飯が食っていけるという考えだ。

賢明で、地に足が付いた考え方だと思うね。ただ、日本人は、中国人やイタリア人やユダヤ人のように、経済的な問題も含めて、一族同士で相互扶助する組織がないから、個人が手に職をつけただけでは、またたくまに潰される可能性が高い。

自分が日々手にする財産や食べ物を、確実に確保する知恵を身につけなければいけない。

僕にとっての「三神刀」とは、料理の仕事を得るための「包丁」 金になる原稿を書くための鉛筆を削る「小刀」、そして 相手によっては、鋭い剣をつきつけられたに等しい「情報と知識」といったところだろうか。

日々の生活が大変だからこそ、自分の生活と直結している政治や経済の問題は敏感にならないとね。

もはや、日本という国が個人の財産や安全を確保してくれる時代はとっくに終わってるからね(ペイオフとかいった言葉を覚えてる人いる?
郵便局が今年の十月で民営化になるとか三角合併が認められそうで、どういった影響が自分の生活にふりかかってくるか、考えた人はどれくらいいるかな?)

まあ、なにはともあれ、食うためには働かないといけないわけで、深夜からひたすら、煮豚を作る私でありました。

商売だから、あまり大きな声では言えないが、うまいうまいといいながら金はらって、これ食べた方が、こんどはやせるために、ウン万円のミョーな健康食品とか健康機具とか買ったりするのを考えると、つくづくこの国って不思議な国だと思う。

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April 16, 2007

感想ありがとうございます

イースター(キリスト教の復活祭)をテーマにした童話「ルウとイースターのまほうのたまご」にコメント&感想をいただき、ありがとうございます。

今、ブログに直接コメントくださった方も、メールで感想頂いた方も、お返事差し上げたいと思いますので、少々お時間くださいね。
(とりあえず、今の時点で200通くらいメールをいただいているので、(外国からのメールを含めて)ちょっと時間が必要になりそうです。スミマセン……)

とりあえず20分ほどで初稿を書いたんで、時間をかけて推敲してから公開したいと思ってたら、あっという間にイースターがやってきたんで、アラだらけの公開となりましたが、
楽しんでいただいたみたいで何よりです。


予想はしていましたが、やはり外国からのアクセスがすごいですねえ。

日本語でしか書いてないのに、日本語のわかる方とか、その国にお住まいの日本人方が読み聞かせなんかしてくださって、自然派生的に数ヶ国語に翻訳されて、広がり始めてるんでしょうか。

韓国、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フランス、ドイツ、イタリアなどからのアクセスがすごいですね。
(あとペルシャ語ってのがアクセス解析に残ってたましたけど、どこからご覧になられていらっしゃるんでしょう?)

あと、北海道からのアクセスがすごく多いですね。


イースターについての解説は割愛しますが、クリスマス同様、子どもたちにとって楽しい時間です。日本で言えば、さしづめ、少し早いゴールデンウイークといったところでしょうか。

実際の話、連休になったり、イースター休暇とよばれる休みを実施する企業も多いですね。

この日になると、イースターバニーとよばれるうさぎが、キリストの復活の象徴である卵を運んでくるとされています。

そんな伝説から、多くの家庭では、チョコレートでできた、たまご形のお菓子を庭に隠して、子どもたちに探させたりする「エッグハント」と呼ばれる遊びをやって楽しんだりするんですね。

裕福な家庭は、すごく趣向を凝らしたお菓子やご馳走を用意したり、近所の子どもを呼んでパーティをやったりすることも多いらしいです。

とはいえ、経済的に厳しいおうちや、家庭に問題があるおうちや、戦乱が続いている地域なんかに住むこどもたちは、何もプレゼントしてもらえないどころか、日々の食事もとれず、大人からあたたかく抱きしめてもらえない子も少なくありません。 (この日本という国も例外ではなくなってきています)

子どもが大きくなるのに、物は絶対に必要ですけど、物と同じくらいに愛情って必要だと思います。

極端な話、多少物が足らなくても、大人の支えがあれば、子どもはたくましく成長していけるけど、どんなに物があふれていても、全く誰からも愛情を注いでもらえないと、たちまち生きる力を失ってしまいます。

生憎、今の僕は、目に見える形をしたもので、世界中の子どもにあげられるものがほとんどないから、せめて一晩でも豊かな気持ちになってもらえればと思って、先の物語を書きました。、

もしネットを通して広がっていっている先で、僕が書いた物語を手にした大人が、一人でも多くの子どもに、ほんの一時でも優しさと愛情を注いでくれたらいいなあ……と思います。

どんなに厳しい環境にいる子どもでも、自分を支えてくれる大人がいることはよく理解できるし、その心が強ければ強ければ強いほど、大人になっても忘れないものですからね。
僕がそうでしたから。

おセンチな話はさておいて、件の物語は、短時間で書く中、それなりに計算もしました。

イースターをテーマにしたら、まず日本では読む人がいないだろうから、欧米(特に欧州圏)を意識して、イースターの象徴である野うさぎを主人公にすること。

「いばら」や「ゆり」といったキリスト教にゆかりのある植物を盛り込んで、関心を誘うこと。

「いばら」は、キリストが処刑された際に、かぶせられた冠で、「ゆり」は、貞淑や純潔、信念や誠実を表す植物ですね。
(よく、キリスト教系の学校で、白百合○○とかいう名前の学校が多いのはそこからきてるらしいです)

ちなみに、キリストでよく貞淑や純潔の象徴とされる「ゆり」の花ですが、これは日本から伝わったものだそうです。

戦前、沖縄からアメリカに移住した人たちによって伝えられた「テッポウユリ」の凛とした白さが、人々にもてはやされることになったのだとか。

(今では、Easter lilyと呼ばれて、親しまれているみたいですね)

物語の中では、イースターの贈り物を受け取りに、神様の元へ旅する野うさぎの「ルウ」が、神様への贈り物として、「ゆり」の花を探すことから始まります。

その「ゆり」の花をめぐって、色々な出来事がおこってルウは迷いに迷うのですけど、その様子は、欧米圏では、多くの方に受け入れられているみたいですね。

「イースターリリー」を登場させた日本発のこの物語、どれだけの子どものところに届くのかな。

それなりの読者層を狙って書いてはいますが、たぶん本にするのは無理だろうね(特に日本では)

とはいえ、お母さんから読み聞かせしてもらったりして、ほんの一時でも裕福な時間が過ごせる子どもが一人でも多くなるといいなあ……と思ったりしています。

ご一読いただいて感想をいただいた皆様には、この場をお借りして
御礼申し上げます。
お一人お一人にお返事差し上げますので、今しばらくお時間くださいませ。

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April 11, 2007

なんちゃって有名人

ちと、わけありで、某ホテル内にて煮詰まったりしている(まったりしているのではない)のですけど、もうすぐ解放されそう。
嗚呼、娑婆の空気が恋しゅうございます。

仕事があるのは有難い限りですが、この時期は原稿書いたり、企画考えたりする以外にも、新規の依頼の問合せやら、何やらで矢鱈と忙しかったりする。

忙しさだけが加速する最近のご時勢の中で、有難いことといえば、メールで事務交渉の大半がまかなえるようになったことでしょうか。

数年前までは、携帯電話で依頼を受けたり、バイク便とかファックスベースで原稿のやり取りすることも多かったですけど、そういう機会はぐんと減りました。

手すきの時間に事務的な作業をすませてしまえるので、ありがたい限りです。

合間を見て、個人サイト経由で送られてくるメールなんかを読ませていただいてます。
ありがとうございます。

でね、この時期は特に、著名な方と連絡を取ってほしいとかいったメールが送られてくるのですけど、ちょっとそれは無理です。ごめんなさい。

この前も、「著名な方と同じ雑誌に記事を書いていたんで、連絡をとってください」ってメールをいただいたのですけど、はて、そんなことあったっけか?
 
その方が寄稿されてる雑誌に、僕は寄稿したこともないし、そもそも編集者さんの知り合いもほとんどいないんだが。

つらつら考えてみたら、思い当たるのが1件だけある。

R25(首都圏で配布されているリクルートさんのフリーペーパー)だろうか。
たしかに署名原稿を寄稿させていただいたことがあるし、メールの中にあった著名な方も寄稿していらっしゃった。

他に思い当たるものはないから、これだろうね。

もっとも、僕は連載をいただいていたわけでもないし、僕の記事が掲載されたのは、その方が寄稿されるずいぶん前の一回だけなんだけど。(企画が採用されてコラムを一度書かせていただいた)

はたまた、なんでかいなと思ってたら、ああ、なるほど。
ウェブ上でバックナンバーの記事が見られるから、検索エンジンかなんかで引っ掛けて、僕のサイトにたどりついたんだろうね。

ご丁寧に、ヤフーさんとかライブドアさんで検索すると、僕のHPは作家のカテゴリに登録されてるから、著名な方と面識があると思ったんでしょうな。

某検索サイトでは、「松本清張」大先生の前に表示されてるわ、ライブドアさんでは「マルキ・ド・サド」と同じページに表示されていたりする(プ)

(マルキ・ド・サドを知らない良い子は、国語の先生かお父さんに聞いてみよう)

ここ2,3年、すったもんだしてて、単行本とかを書く気力も機会もなく過ごしてますから、ネット上で、自分の名前が実態を伴わない形で、一人歩きしていってるのは、なんだか恐いですね。

去年、名古屋に取材に出かけた時も、知らない人から、いきなり声かけられたりしたしなあ……

こんなオッサン、道端のタンポポなみにどこにでも生えていると思うんだが……

不当な株高が続いた、なんちゃって有名人状態を危惧する今日この頃であります。

そのことももちろん心配なんですが、仮にも活字で生活の糧を得ている身としては、本よりも、ネットで手に入る情報や著作物の方が、訴求力を持ち始めているのではないかということも不安ではあります。

たしかに本自体は絶対になくならないだろうけど、かつてTVが普及した時のように、混沌としていたネットの世界も、法令の整備や、情報発信者の文責(モラルという面も含めて)意識が浸透しつつありますから、既存の出版のシステムも、ゆっくりと方向性を変えていくのかもしれません。

その流れに飛び込むことや、新しい流れの中で訴求力を発揮する作品を書けるのかどうか、諸々の不安は常に付きまといますね。そういった時代なんでしょうけど。

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つっこんでみよう!

春先の天気に、きりきり舞いになりながら、もろもろの原稿をやっつけている次第ですが、この時期って、やたらスパムメール多いね。

ほとんどが出会い系サイトなんだけど、件名だけ読むと、仕事のメールと誤認して、開封してしまいそうなものもある。

それ以外にも、あの手この手で件名の文案を考えて送りつけてくるねえ。いかにも「エロ系」って感じじゃなくて、さも知り合いを装ったり、さりげなく誘導を図るような文面でさ。

先さんも商売なんだろうけど、ここまで釣る文面を必死になって考えるってのもすごいよね。(君たち、コピーライターに転職しないか? うちじゃ給料は出さないけど)

こんなのがくるですよ。思わずつっこみたくなるね。くすくすっ

Subject 携帯で連絡取れないと不便ですよね
ていうか、メールでも連絡取ろうと思わないんですけど……

Subject 不在連絡網
そのまま永遠に連絡取らないでください……

Subject わかりました!
そりゃよかったね。で、何が?……

Subject みっけ!
わ、めっかった(はあと)で、誰やねん?

Subject 間違いありませんか?
たぶん相手を間違えてると思うよ。(釣る相手もね)

Subject またメールしちゃいましたっ!
少しは遠慮してください

Subject ちょっとブレイクね
そのままずっと休んでてください

Subject 電卓と乾燥機
ヨドバシカ○ラにでも問合せてください

Subject 速達メールでご連絡が届いています
メールに速達なんてあったん? 今の速さで十分ですわ。
ついでに速達で送り返してください。

Subject 今夜はハンバーグです
たまには野菜も食べた方がいいですよ

い、いかん。なんかツボにはまってきた。しかしまあ、懲りずにいろんな文案考えて送りつけてくるよねえ。これだけ努力できるんだったら、他のこと考えた方がいいと思うけど

まあ世の中人それぞれってことなんでしょうね(納得すな)

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April 09, 2007

ルウとイースターのまほうのたまご

ルウとイースターのまほうのたまご

明日は、まちにまったイースターの日。

神様がみんなに会いにきてくださる日です。

毎年、イースターの日になると、神様が山のふもとの原っぱにやってきてくださいます。そして、みんなが楽しく一年をすごせるように、一人一人おねがいを聞いて、おいのりしてくださるのです。

それだけではありません。

一年パパやママの言いつけをまもって、いい子にしていた子どもには、すてきな魔法のたまごをプレゼントしてくださいます。

野うさぎのルウは、うれしくてうれしくて、なかなかねむれません。

「神様にお会いしたら、なにをおねがいしようかな。魔法のたまごは、プレゼントしてもらえるかな」

ママにしかられてベットに入っても、どきどきわくわく。なかなかねむれませんでした。

にわとりさんが朝をしらせてくれたら、もうベットの中でじっとしてはいられません。

おひさまがのぼりはじめると、ルウはさっそく神様に会いに出かけるじゅんびをはじめました。

「おやおや、もうでかけるの? そんなに急がなくてもだいじょうぶじゃない?」

ママはわらって言いました。

「そうだよ。ママの言いつけをまもらない子は、神様から魔法のたまごをプレゼントしてもらえないぞ」

パパがテーブルに座ったまま、わらいました。

「でも、はやくでかけないと。ぼくは歩くのがおそいから、神様がおいでになるまでに、山のふもとにいけないかもしれないもん」

ルウは、テーブルに着くと、ママが用意してくれた、あざみのサラダを食べながら、言いました。あわてながらサラダを食べるルウを見て、ママがわらいました。

「パパの言うとおりよ。そんなにあわてて食べると、神様は魔法のたまごをプレゼントしてくださらないかもしれないわよ」

でも、ルウは、早くでかけたくてしかたありません。わくわくしながら、朝ごはんを食べ終わると、神様がおいでになる、山のふもとへ出かけるじゅんびをすすめました。

「ルウ、山のふもとは寒いわよ。これを着ていきなさい」

ママが、できあがったばかりの赤いチョッキを着せてくれました。冬のあいだ、ママがずっと、だんろのそばであんでくれた、すてきなチョッキです。

「神様に失礼がないようにね。パパの時計をかしてあげるから、おそくならないように帰ってくるんだよ」

 パパが赤いチョッキのポケットに、懐中時計を入れてくれました。銀色のくさりがついた懐中時計は、とてもすてきです。

「ありがとう。パパ、ママ。それじゃあ行ってきまあす」

ルウは、懐中時計を落とさないように、しっかりチョッキのポケットの中にしまうと、ママが用意してくれたおべんとうを持って、おうちを飛び出しました。

おうちを出て、いばらのトンネルを歩きはじめると、朝日がさしこみはじめました。春のおひさまはうららかで、とてもいい気分です。

ルウはとてもうれしくて、歌を歌いながら、遠い遠い山のふもとをめざしました。

いばらのトンネルを出て、野原にさしかかると、白くて大きなゆりの花がたくさんさいていました。野原がまっしろになるほど、たくさんさいているゆりの花を見て、ルウは思わず立ち止まってしまいました。

「なんてきれいなんだろう。神様にプレゼントしたら、きっとよろこんでくださるだろうな。そうだ、いちばん大きくて白いゆりの花をひとつだけもっていこう」

ルウは、野原をぐるぐる回って、一番大きくて白くてきれいなゆりの花を、ひとつだけ、つみました。

大きなゆりの花を手にしたルウは、山のふもとをめざしてずんずん歩いていきました。

野原をぬけて、街にさしかかると、みんなはルウが持っているゆりの花を見て、おどろきました。

「なんてきれいなゆりの花なんだろう。野うさぎのぼうや、わたしの持っているパンと、そのゆりの花をとりかえっこしてくれないかい?」

「いやいやいや、パンなんかじゃつりあわない。わたしは金貨を10枚もっている。わたしの金貨と、そのゆりの花をとりかえっこしてくれないかい?」

「いやいやいや、金貨10枚なんかとじゃつりあわない。わたしはとても大きなダイヤモンドを持っている。わたしのダイヤモンドと、そのゆりの花をとりかえっこしてくれないかい?」

街の人は、ルウが持っているゆりの花をほしがりました。ルウは、みんなにゆりの花をあげたいと思いました。でも、ゆりの花はひとつしかありません。それに神様にプレゼントするために、いちばん大きくて白いゆりの花をさがしたのです。

「みなさんありがとう。みなさんにゆりの花をあげたいのですけど、神様にプレゼントするためのお花なんです。だからパンとも金貨ともダイヤとも、とりかえっこはできません。ごめんなさい。」

ルウがそう言うと、街の人たちはとても残念そうな顔をしました。ルウはなんだか悪いことをした気持ちになって、下を向いて、できるだけ早く先を急ぎました。

街の外れまで来た時です。ようやくはるか遠くに、神様がおいでになる山のふもとが見えてきました。立ち止まって、パパが貸してくれた懐中時計を見てみると、ちょうどお昼を過ぎたころでした。

「よかった。これなら神様がおいでになるまでに、山のふもとまでにつくかな?」

ルウはうれしくなって、ママがもたせてくれたおべんとうを食べるのもわすれて、先を急ぎました。その時です。すぐ後ろから、小さな小さな なきごえが聞こえてきました。

ルウが耳を立てて、あたりを見回してみると、街の広場のかたすみで、ねずみの子がないていました。

「どうしたの? どうしてないているの?」

ルウは近くによって話しかけてみました。でもねずみの子は、なきやんでくれません。ルウは、すっかりこまってしまいました。

「そうだ。おいしいものをあげるよ。だから、ほら、なくのをやめて。ね?」

 ルウは、ママがもたせてくれたおべんとうを、ねずみの子に食べさせてあげました。

 よほどおなかがすいていたのでしょう。おべんとうを食べおわると、ねずみの子は、ようやくなきやんでくれました。

「どうしたの? なんでないていたの?」

 ルウは、しゃがみこんでねずみの子にたずねました。

「ママのお病気をなおす、おくすりを買いにきたのに、金貨をなくしてしまったの」

 ねずみの子は、なきながらそう答えました。

「わかった。ぼくが金貨をさがしてあげる」

 そう言うと、ルウは、広場を歩き回って金貨を探しました。でも金貨は見つかりません。そのうちまた、街の人たちがルウのそばにあつまってきました。

「ぼうや、金貨がほしいのかい? それじゃあ、そのゆりの花ととりかえっこしてあげよう」

「いやいやいや、金貨ごときじゃもったいない。とりかえっこするなら、おじさんのダイヤモンドととりかえっこしよう」

「いやいやいや、ダイヤモンドごときじゃもったいない。おじさんは、東の国の海でとれた龍の角を持っている。この角一本で、この街にあふれるほどの金貨が手に入るぞ。ぼうや、どうだい? とりかえっこしてくれないかい?」

 ルウが金貨をさがしているのを知った街の人が、またゆりの花ととりかえっこをしたいと言い出しました。でも、神様のために、ゆりの花をつんだのです。

ルウは、金貨とゆりの花をとりかえっこするのはいやでした。でも、このまま金貨が見つからないと、ねずみの子におくすりを買ってあげることができません。ルウは、すっかりこまってしまいました。

「ぼうや、金貨がいるんだろう? そのゆりの花ととりかえておくれ」

 ルウはまよいました。でも、やっぱりゆりの花を金貨ととりかえっこするのはいやでした。ルウが断ると、街の人たちは、また残念そうな顔をして、帰っていきました。

「ごめんね。このゆりの花を金貨ととりかえっこすればよかったんだけど……その代わりに、必ずおくすりをもらってあげるからね」

 ルウは、ねずみの子の手を引いて、くすりやさんへ行きました。そして赤いチョッキのポケットから、懐中時計を取り出しました。

「この懐中時計とおくすりを代えてもらえませんか?」

「いいとも、この時計なら、それだけの値打ちがある」

 くすりやのくまのおじさんは、めがねをはずして目をぱちぱちさせながら、懐中時計を見ました。そして、たくさんのおくすりをねずみの子にくれました。

 さっきまでないていたねずみの子は、あかるい顔になりました。でも、ルウは、とてもさみしい気持ちになりました。パパがだいじにしていた懐中時計をなくしてしまうからです。

「お兄ちゃん、ありがとう」

「気をつけてね。ママの病気が早くよくなるといいね」

 街のはずれまできた後、ルウは、ねずみの子とさよならをしました。チョッキの中の懐中時計がなくなってしまって、とてもさみしくなりました。

おうちに帰ったら、パパになんて言ってあやまろう。ルウは神様がおいでになる山のふもとに向かって歩きながら、考えました。銀でできた懐中時計は、ルウのおじいさんがパパにくれた、とてもとても大事なものでした。

パパはがっかりするだろうな。そう思うと、ルウはとても悲しくなりました。

そうしているうちに、街をはなれて、神様がおいでになる山のふもとへ続く、長い長いまっすぐな道へつきました。目をこらすと、もう向こうに山のふもとが見えています。

長い長いまっすぐな道のむこうには、神様に会いに、山のふもとへ出かけるたくさんの人がいました。その列を見ると、ルウは、パパの懐中時計がなくなってしまった悲しさも、わすれてしまいました。

もうすぐ神様に会える。

そう思うと、悲しいどころか、またうれしくなってきました。

ずんずん歩いていくと、どんどん山のふもとが近づいてきます。

「もうすぐ山のふもとだ。よかった。神様に会えたら、ゆりの花をプレゼントしよう。きっとよろこんでもらえるだろうな。何を神様におねがいしようかな」

そんなことを考えながら、ルウはずんずん歩いていきました。山のふもとが近づいてくるたびに、神様に会いにでかける人がどんどん増えてきました。

その時です。また小さな小さな、なき声が聞こえてきました。

ルウが立ち止まって、耳を立ててあたりを見回してみると、やまねこのこどもがないていました。

「どうしたの? どうしてないてるの?」

「ママにはぐれちゃったの」

やまねこの子どもは、ルウにそう答えると、大きな声でなきだしてしまいました。ルウはとてもこまってしまいました。

「なかないで。ママがこいしくなったんなら、このチョッキをかしてあげる」

ルウは、ママからあんでもらったチョッキをぬいで、やまねこの子どもにきせてあげました。やまねこの子どもは、ママのあたたかいにおいのするチョッキをきせてもらって、あんしんしてなきやみました。

「もうなかないで。ぼくがママをさがしてあげる。君はどこから来たの?」

「あっち」

 やまねこの子どもが指さしたほうを見ると、とてもくらい森が広がっていました。ルウはとてもこまってしまいました。

山のふもとへ向かう道をはずれて、森の中に入って、やまねこの子どものおうちをさがしていたら、神様がおいでになるまでに、山のふもとへたどりつけなくなるかもしれません。

ルウはまよいましたが、やまねこの子どもの手を引いて、森の中へでかけました。森の中は、さっきの道とはちがってまっくらです。

「お兄ちゃん、こわいよ」

「だいじょうぶ。ぼくがおんぶしてあげる」

 ルウは、本当は自分もこわかったのですけど、やまねこの子どもをおんぶして、森の中を歩きました。どれくらい森の中を歩いたでしょうか。くらいくらい森の中にあかりが見えてきました。ちかづいてみると、小さなおうちでした。

「ママ」

「まあまあ、さがしたのよ。よかったおうちにもどってこれて」

 小さなおうちの中から、やまねこのママが出てきて、ルウにお礼をいいました。

「ぼうやをつれてきてくださってありがとう。ぜひお茶でも飲んでいらして」

やまねこのママは、ルウをおもてなししようとしました。でもルウは気が気ではありません。たぶんもう、山のふもとには神様がおいでになられているころでしょう。

急がないと神様に会うことはできなくなってしまいます。ルウは、やまねこのママのおもてなしを、ていねいにことわると、来た道を走って引き返しました。

「しまった。ママがあんでくれたチョッキを返してもらうのをわすれちゃった!」

走っているとちゅう、やまねこの子どもにきせてあげていたチョッキを返してもらうのをわすれていたことに気づきました。

でも、今はそんなことにかまっていられません。急いで森をぬけて、山のふもとへ急がないと神様に会えなくなってしまいます。

ルウは、ゆりの花を大事にもったまま、森の中をひっしに走りました。

ようやく森をぬけて、山のふもとへ続く長い長い道に戻ると、さっきまでたくさんいた人は一人もいません。

ルウは、山のふもとへむかって走りました。そして、ようやく神様がおいでになる山のふもとの原っぱに着くと、そこにはだれもいませんでした。

「ああ、なんということだ。神様はもう、帰ってしまわれたんだ。まにあわなかった」

一年に一度のまちにまったイースターの日に、神様に会えなくなってしまったルウは、がっかりして、原っぱの真ん中で、すわりこんでしまいました。

「どうしよう。パパの大事な懐中時計もなくしちゃったし、ママからあんでもらったチョッキもなくしてしまったのに……」

 ルウは、神様に会えなくなっただけでなくて、パパからあずかった大事な懐中時計とママからあんでもらったチョッキをなくしてしまったことを思い出して、かなしくなりました。それだけではありません。

大事に大事に運んできた白い大きなゆりの花も、森の中を走ったせいで、あちこちきずだらけになって、さっきまでのきれいなゆりの花ではなくなっていました。

ルウはすっかり悲しくなって、なきだしてしまいました。空には青白い月がうかんで、ルウをつめたくてらしています。

ルウは、もう神様に会えないのかと思うと、ますますかなしくなってなみだがあふれてきました。そのせいで、くろくて大きなルウのおめめは、まっかになってしまいました。

「どうしたの? なぜないているの?」

どれくらいなきつづけたころでしょうか。ルウがふりかえると、ふくろうのおじいさんがルウをみあげていました。

ルウは、今までのことを全部はなしました。ねずみの子のママの病気をなおすために、パパから預かった懐中時計をお薬に代えてもらったこと。

まいごになったやまねこの子どもを森のおうちに送りとどけるうちに、神様が帰られてしまわれたこと。そしてママからあんでもらったチョッキをなくしてしまったことや、森の中を走ったせいで、神様にプレゼントするつもりだった大きなゆりの花が傷だらけになってしまったことを、話しました。

「なるほど、そうだったのかね。ところで、なくした懐中時計とチョッキというのはこれかね」

 

ふくろうのおじいさんはそう言うと、羽をいちまいくちばしでぬいて、空にほうりなげました。するとどうでしょう。ふくろうのおじいさんがぬいたはねは、懐中時計とチョッキにかわりました。

「どうしてどうして? どうして、懐中時計とチョッキがここにあるの?」

ルウはおどろいて、ふくろうのおじいさんにたずねました。ふくろうのおじいさんはわらうと、大きくはねをひろげました。青白い月の光をうけたふくろうのおじいさんは、まぶしくかがやいたと思うと、天使にすがたをかえました。

「おじいさんって、天使だったの?」

「そうだよ。神様におおせつかって、ルウがしていることを全部見せてもらった。神様は、ルウがしたことを全部しっていらっしゃるよ。

ゆりの花をさがしたことも。ねずみの子をたすけたことも、やまねこの子どもをたすけたことも全て知っていらっしゃる。さあ、神様におくりものをささげて、おねがいをかなえてもらいなさい」

「でも、こんなにおそくなっちゃったよ。神様とのやくそくをまもれなかった」

「安心しなさい。お前のように正しくてやさしいこどもを、神様はおいていったりはしないよ」

「でも、ゆりの花は……」

 ルウがつんできた白い大きなゆりの花は、森の中を走ったせいで、きずだらけになってしまっていました。

「しんぱいすることはないよ」

 そういうと、天使は傷だらけになったゆりの花に手をふれました。するとどうでしょう。

きずだらけで、今にもしおれそうだったゆりの花は、つんだばかりの真っ白な大きなゆりの花にかわりました。

「さあ、このゆりの花を神様にささげなさい」

ルウは、だいじにまもってきたゆりの花を神様にプレゼントしました。神様は、ルウを手のひらにかかえあげると、やさしくなでてくださいました。

「よくこんなとおくまで来たね。お前のような、正しくてやさしい子はみたことがない。とおくまで走ってきてつかれただろう。お前の足をどこまでも走ってもつかれない強い足にしてあげよう」

 神様はそう言うと、ルウの足をなでました。するとどうでしょう。月の青白いあかりをうけてルウの足が金色にかがやきました。

「これで、どこまでも走ってもすこしもつかれない足になるだろう。それからイースターのおくりものに、やくそくした魔法のたまごをあげよう。じぶんがほんとうにほしいものをおねがいしてごらん」

「じゃあ、おねがいがあります。さっきのねずみの子や、やまねこの子にも、そしてここにこれなかったみんなにも、魔法のたまごをください。みんなが、お願いをかなえて、しあわせになかよくくらせるように、たくさんのたくさんの魔法のたまごをください」

 神様は、ルウのやさしいこころをとてもうれしくおもいました。そして、ルウに魔法のたまごを、世界中にくばるやくわりをおあたえになりました。

それから毎年、ルウはイースターになると、世界中のよいこに、神様からあずかった魔法のたまごをくばりつづけています。

イースターの魔法のたまごは、世界中のこどもにくばられます。でも、イースターの魔法のたまごは、だれの目にもみえません。

それは、うたがいぶかいこころをもったり、人をねたんだり、わるいことばかり考えるおとなにこわされてしまうかもしれないからです。

もし、世界中のこどもがおとなになるころに、人をねたんだり、わるいことを考えたり、うたがいぶかいこころをもつ人がひとりもいなくなったら、イースターの魔法のたまごは、みんなの目の前にあらわれるかもしれません。

ルウは、その日がやってくるのをねがいながら、今年も、世界中のよいこのみんなに、イースターの魔法のたまごをくばりつづけています。

Happy Easter

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