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May 2006

May 29, 2006

ジャワ島地震に見る日本の世界観

某社にて本つくりのお仕事中です。
でさ、待ち時間にTVみてたらジャワ島地震の報道やってたんですよ。

この報道を見てると、日本人が外国に対して持つ意識と
メディアが情報を選択して報道していることが
よく分かるような気がするな。

某ニュース番組によると、死者だけで4000人以上いて
傷病者が1万人以上いると、彼の国の政府筋が発表したらしい。

この数字が真実としたら(メディアの情報は鵜呑みにすべきではない)
かつて日本が経験した阪神大震災クラスの
被害が起きていることになる。

それなのに、この報道の薄さと、
日本国民全体の関心のなさはどういうことなんだろうね。

日本が阪神大震災を経験した時、当時のアメリカ大統領
ビル・クリントン氏は、報道官を通じて被害の状況と
今後の支援策についてメディアをフルに活用して報道を行っていた
記憶がある。

もっともこのような行動の裏側には、
日本とアメリカが密接な関わりがあって
日本を支持する表明を行うことで、経済を始めとした
アメリカ自身の国益を守り、対立している中国や北朝鮮をはじめとした
極東アジアとの外交・軍事問題の緊張
が高まらないよう動かなければいけないという意識が働いていたのだと思う

とはいえ、自国以外で起きていることについて関心を持つ意識が
高いのは事実だ。

ヨーロッパしかり、日本より決して裕福ではない
アジア諸国の反応も同様だった。

アジアの一部の国を除いて、阪神大震災の報道を大きく扱い
民間・政府ともども、寄付や支援が集まった経緯がある。

ところが、日本のマスコミが正確な被害状況などの公益性の高い
報道を行ったのは、外国メディアよりもずいぶん後だった。

ある外国人ジャーナリストから、
「あれだけの大都市で大規模な被害が発生したのに、なぜ日本のマスコミは
正確な被害状況を国民に報道しようとしないんだ?」
と尋ねられて、答えに窮した記憶がある。

想像を越える被害だったため、機材の搬入などといった物理的な問題も
あっただろう。

だが、視聴率などの私益を放棄しての報道姿勢を優先できないという
意識が働いてい報道が遅れたとしたら、恐ろしいことだと思う

今度のジャワ島地震の被害報道はどうであろうか?

もし、視聴率などの私益を手放すほどのニュースではないという
意識が働いていたとしたら?

自国の外については、関心を払わないという意識が働いているとしたら?

この国はやがて、大きく孤立するのではないだろうか

真意の読み解けないニュースを見ていると
そのようなことを考えてしまうのだが、読者諸氏はいかがお考えだろうか?

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May 27, 2006

この星の午後

深く濃く
碧い碧い空の中から
この星はひっそりと生まれた

気の遠くなるような長い長い夜が続いた後
ようやくはじめての朝が訪れた

初めて届いたまばゆい光
光はこの星の母となり
さまざまな命を産み落とした

全ての命は、光の中から生まれ
光に包まれて生涯を終える

決して変えることのできない
その理を
全ての命はあるがままに受け入れた

一つの命にとって
永遠にも等しいくらい長い午前が続く
ある瞬間

ある生き物が
降り注ぐ日差しを手にしようと
空に向かって手をのばした

それは全く無邪気で
何のためらいもない思いが
成した業だった

やがて同じ形をした命は
空へ向かって次々と手を伸ばすようになった

そして
永遠にも感じるほどの長い午前が終わるころ

空に手を伸ばし続けた命は
地上にまばゆい日差しを生む
自らの母に似た幻を作り出した

母の幻が生む
まばゆい日差しを手にした命は
永遠の時間が手に入ると信じた

だが、空に手を伸ばした命たちは
そのまばゆさに焼かれ
恐れおののいた。

自分たちを産んでくれた母なる光は
あたたかな日差しを与えてくれても
決して自分たちを焼き殺したりはしない

けれども
地上に降りた母の幻は
まばゆい光を放つ代わりに
慈悲なく私たちを焼き殺そうとした

あふれる日差しは相変わらず
空から溢れて全ての命を祝福していたし
母なる光は
自らの幻を生み出した命を
罰することはなかったけど

地上に降りた母の幻は
容赦なく慈悲無く
空に手を伸ばした命を焼き殺した

それは母の幻を作り出した命だけでなく

無邪気に何の曇りもなく
母なる光を受けて
あるがままに生きていた
純粋な命も焼き殺しはじめた

永遠にも感じる午前が終わり
穏やかな午後が訪れた今

母の幻は
かつて空に手を伸ばした命の
純粋な思いなど無関係に
全ての命を焼き払おうとしている

それでも空に手を伸ばした命の子孫は
地上に降りた母の幻を信じ続けている

この星の午後は
永遠に近い時間を全ての命に与えているのに
かつて空に手を伸ばした命の子孫が手放さない
母の幻のせいで
焼き尽くされようとしている

それでも空に手を伸ばした命の子孫は
地上に降りた母の幻を信じ続ける

たとえ自分の身を焼き尽くされても
決して手放そうとはしない


長い長い
永遠に近い時間が流れるこの星の午後は
かつて空に手を伸ばした子孫が生み出した
母の幻だけが静かに猛り狂う

何の息吹も聞こえてこない
穏やかな穏やかな
午後になるかもしれない

http://stop-rokkasho.org/index.html

http://cnic.jp/rokkasho/what/

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May 26, 2006

太陽の下で踊れ

永遠のように思える昼下がり
さわやかな風を浴びながら
僕たちは太陽の下で踊る

ついさっきまで
空が雲に覆いつくされてたことも忘れて
いつか自分が消えてしまうことも
この世の終わりがいつかやってくることも
疑いもしないで

僕たちは止まらない音楽に合わせて踊る
太陽の下で踊る

この世の全ての人は何の疑いも抱かず
隣にいる人にも気づかず
ただただ踊る
太陽を見上げて踊る

広い広いダンスホールで踊る僕たちは
全ての人に出会うことはない

もし誰かと向かい合っても
手をつないでも
抱き合っても
それは一時の幻

神が奏でる音楽が変われば
太陽の位置が変われば
たちまちまた一人になる

そうすれば穏やかな幻はおしまい

また太陽の下で踊らなければいけない
たった一人で
永遠に終わらない音楽を聴きながら

その時、僕たちは
太陽の下で踊る意味を疑うだろう

僕たちの問いかけに
太陽はきっとこういうだろう

踊れ踊れ踊れ踊れ
お前たちは、踊り続けるために
この世に存在しているのだ、と。

そう
僕たちは
太陽の下で踊り続けるために生まれた
小さなともし火をかかげた小さな幻

神の目覚めとともに
ともし火を消されてしまう小さな小さな幻

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May 22, 2006

きっと太陽は

きっと太陽は
誰かを照らすことなんて考えてない
感謝されたり
自分を見つめてほしいなんて考えてない

ただ輝きたいから
いつも空にいて
まばゆい日差しを放ってる

この世で一番我儘な存在だ

でも
地上に立つ者で
太陽を知らない者はいない
太陽に会うことを望まない者はいない

日差しが全て途絶えても
長い夜が続いても
人は太陽を忘れたりはしない

もし我儘を貫けるなら
太陽のようになりたい、と思う

自らのことしか考えなくとも
知らず知らずに皆を照らし出せる
太陽のような人になりたい、と思う

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May 16, 2006

放置すみません。。。

ブログの更新が放置気味ですみません。。。。。
書くネタは山ほどあれど、手は二本しかないので、なかなか
文章に起こせなかったりしてます。

先日出させていただいた原爆を題材にした児童向け小説
「ぼくたちの空とポポの木」の宣伝とかで手が回らなかったりしてます。

そうそう、少しずつですが、手にとっていただいているみたいで
感謝感謝です。

各種メディアに取り上げていただいただけでなくて
国立国会図書館のニュースにも4.17付けで取り上げていただいたようで
少しずつ色々な方のところへ届いているようですね。

ご紹介いただくメディアの担当者様、取材等
引き続き引き受けておりますので、問い合わせお待ちしております。

まだ、先着30名様の読者サービスとかも間に合うみたいなので、
よかったら、応募してみてくださいね。

そうそう、メルマガ連載小説「桜の舞う空の下で」だけは
割りと定期的に流していますので
よかったら登録して、ご高覧くださいませ。

http://homepage2.nifty.com/epsilon-cafe/matsuml2.htm

なんかお天気悪い日が続いてますけど、
みなさんいかがお過ごしですか?
このまま梅雨に入りそうな勢いですけど、からっとした空を
そろそろリクエストしたいなあ。。。。なんて考えています。

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