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March 21, 2005

カレー焼きを追って福岡へ(後編)

福岡から帰ってきて、企画の売り込みやら何やらで版元さんを回り、溜まった仕事を片付けてたら、あっという間に数日が飛んでしもた。さすがに年度末、とほほですな。

実は今月末に決定稿をお渡ししなければいけない小説も、改稿作業の途中でして、火に油を注ぐ戦争状態な毎日。
そんなさなか、福岡に取材に行った際に撮影してきた「カレー焼き」のポジが上がってきたので、先にお約束のレポートをさせていただきますね。
(デジカメが壊れたので、あちらでは久々に一眼レフがフル稼働。現像に時間がかかったので、ご報告が遅れた次第です。ご容赦くだされ)

さてさて、またまた時間が空いてしまったので、もう一度話題の整理から。
今川焼き(大判焼き)を細長くしたような皮の中に、カレー味の餡を入れて焼いた「カレー焼き」なるお菓子があるんですわ。

僕も小さい頃親しんだ、懐かしい想い出のあるお菓子なのですが、このお菓子、てっきり福岡発祥と思いきや、福井、広島、徳島、三重その他の地域でも売られていることが発覚。(その後、この日記にレスをつけてくださった方から滋賀でも販売されていたことが判明。情報ありがとうございました)

で、「一体どこが発祥の地なのか」ってことを調べていたら、
霞ヶ関の特許庁に残っている登録商標などから、広島県にある鯛焼きや今川焼きの材料を製造販売している「ヤマト食品株式会社」さんが、今から数十年前に開発した商品だということが分かったんですな。

広島発祥のこのお菓子は、またたく間に地方に広がり、40年前ほどの、大分のとあるお店では一日に10万円も売上があがるほどの大ヒット商品となっていたことも分かりました(ちなみに当時の物価を考えると、おそらく10万円は現在の100万円~120万円程度の価値があるのではないでしょうか)

ところが、ここで新たな疑問が。
開発から数十年経った今でも多くの方に支持されている、この「カレー焼き」が、現在はなぜ一部の地方でしか販売されていないのか。

現在、販売されている地域が西日本に集中しているのは嗜好の影響なんかで説明がつくような気がするけど、「お好み焼き」をはじめとした、「粉食キングダム」の大阪で現在販売されている所がないのは説明がつきにくいような気がする。
ウェブ読み物マガジン「※日刊耳カキ」を運営しておられる大阪出身の大先輩ライター 吉村智樹さんによると、小さいころに食べた記憶があるものの、その後は全く見かけることがなくなってしまったらしい。つまり、大阪には上陸したものの、その後姿を消してしまったということだろうか

※ http://www.mimi33.com/index.php

CIA並みの調査能力を誇る私でも(をいをい)このあたりの理由の真相は探れども探れどもつかめず。たまたま私用も重なったので、福岡に飛び、実際にカレー焼きを販売しているお店を取材することにした。

で、カレー焼きを作ってるお店はあっさり見つかったんだけど、これがねえ、取材を申し込むべきかずいぶん迷ったんよ。お母さんが一人で焼いてらっしゃるお店なんだけど、なんていうのかな、生活の糧を稼ぐというよりも、ご自分のライフワークとして街の子ども達に、おやつを作り続けている感じのお店で、俺のような知名度も糞もない「どサンピンライター」が、いけしゃあしゃあと取材を申し込めるような雰囲気じゃないんだわ。

それにさ、自分のブログにしか書かないにしても、相当の数の方の目に触れる可能性があるでしょ。
そのことが原因で、街の方と良い関係を保っているお店の仕事がめちゃくちゃになってしまったら申し訳が立たないもんね。

それに「カレー焼き」は、自分の実家が大変な問題を抱えていたオイルショックの時代に、心を支えてもらった想い出が詰まったお菓子でもあるんです。
その大事な想い出を自分自身で壊してしまうような気がして、福岡に滞在している間、正直、取材を続行すべきかどうか、ずいぶん悩みました。

とはいえ、自分で提起した問題を知りたいという読者様が一人でもいらっしゃる限り、文章にしてお届けするのがライターのライターたる所以でもある。複雑な思いを抱えながら、東京に戻る日の夕刻、お店に足を運んでみました。
よほど僕が切羽詰まった表情をしていたんでしょうな。お店のお母さんは、お店の名前を出さないこと、記事からお店が推測できないようにすることなどを条件に、取材に応じてくださいました。

さてさて、早速、カレー焼きを作る過程を写真に撮らせていただきました。要は二つの生地を別々に焼き、片方の生地に細長くカットしたカレー味の餡を入れ、頃合いを見計らって二つの型を合わせて焼き上げるという方法で作ります。
20050321-1

2005-321-2

20050321-3

基本的には今川焼きと同じですが、細長い形に餡を入れるために、独特の道具の中にカレー味の餡を入れておき、スケッパーで切り分けて餡を流し入れる必要があるため、かなりの技術を要するようですな。

「カレー焼きっていうのは、広島でできたものなんだけど、今川焼きにあずき餡以外の物を入れて売っていたところは昔からあったんですよ。たとえば山梨だと野沢菜とかね。あたしが生まれた東京の江戸川ではきんぴらごぼうなんかが入ったものが、人気がありましたねえ」

どうやら、カレー焼きは広島発祥なのは間違いないが、それに類する食べ物は、日本中のあちこちにあったようだ。
また、カレー焼きという名前も必ずしも統一されたものではなく、お店によっては独自の名前が付けられて売られているようだ
(実はこのお店もそうだった)

以前の日記をご覧いただいた、大先輩ライターの吉村智樹さんから、既に発売はされていないものの、原宿チーズドッグという、カレー焼きに似たような商品が、東京でも販売されていたという情報を寄せていただきました。
このことから考えると、名前は違うものの、カレー焼きに似た商品が今でも関西より東でも売られているかもしれないですな。

「そうですね。たぶん東京の方でもあるんじゃないですか。おいしい物は、みなさんどこの方でも大好きですしね」

ずいぶんきっぷがいいしゃべりっぷりだと思ったら、お母さんは、東京の生まれなんだそうだ。福岡生まれのご主人と知り合って、この街に嫁ぎ、それ以来こうやってカレー焼きを焼いていらっしゃるとのこと。

「そりゃあね、最初はずいぶん戸惑いましたよ。東京とはずいぶん勝手が違いますからね。とはいえ、今はすっかり住み慣れました。主人も送りましたし、お姑さんも送って一人になりましたけど、東京に帰るのは考えちゃいますね。息子たちが東京にいて、帰っておいでって言ってくれるんですけど、まだまだ私の焼くカレー焼きを楽しみにしてくれている子どもたちがいますからねえ。なかなか名残惜しくて……」

街の盛衰とともに、日々を実直に過ごしてきたお母さんの言葉は、とても重みがあった。幼い時に戦争の時代を過ごし、ご主人と知り合って新天地へとやってきた若いころのお母さんの胸の内にはどんな思いがあったのだろうか。街が高度経済成長期に沸いた時期をとうに過ぎ、人が少しずつ減っていく老いを迎えはじめた今の街を、お母さんはどんな目で見つめているのだろうか。

「これね、わたしの宝物なんですよ。お店に来た子に自由に書いてもらってるの」

この街の昔を知る僕の胸の内を悟られたのだろうか、お母さんは、ふに数冊のノートを手に取ると僕に見せてくれた。店に来た子ども達が自由な思いを綴ったノートだった。遠い記憶になりはじめた蒼い思いが書き殴られたノートがとてもまぶしい。

「うちの子は、障害のある子でしてね。子育ての時期は大変でしたが、苦労はしたと思ってないんです。障害と言っても個性だと思ってましたから、甘やかさないで、しっかり教育して大学まで出しましたからね。今は、ちょっと勉強ができなかったり、他の子と違った部分があると、世の中がその子を否定しようとしたり、甘やかしたりしちゃうでしょう? 一度、このノートを学校の先生に見せてあげたいですよ」

一冊ノートを手にとってページを開いてみる。そこには、決して学校や家庭では見せない、子ども達の等身大の心の叫びがあった。
お母さんは、街の子どもを育てる第二の母として、この街に必要な人なんだろうね。
そういえば、俺が子どものころって、親にも学校の先生にも教えてもらえないことをそれとなく教えてくれる大人の人ってたくさんいたよなあ。

「わざわざ通い所から買いに来てくれてありがとうございました。また戻ってきたら、ぜひいらしてくださいね」

礼儀正しい折り目のついた、お母さんの挨拶がなんだかこそばゆい。昭和の匂いの残るこのお店が、この街にいられる時間は、きっと決まっているのだろう。でも、かなうことなら、できるだけ長く子ども達の心の拠り所であってほしいな。そんなことを考えつつ、福岡を後にしました。

カレー焼きが大阪より東の地区で販売されているかどうかは、
もう少し調べてみますね。とはいえ、名前が変わって販売されている可能性があるとのことなので、かなり難航しそう


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