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January 2005

January 31, 2005

きついけど充実してるっていいよねえ

ここ一週間ほど、取材の仕事やら営業交渉などで関東一円をあちこち移動しておりました。
そんなわけでPCを離れる時間が長くて日記を更新できなんだ。
毎日チェックして下さってる方ごめんなしゃい。

しかしまあ、この一週間タイトに動き回ったなあ……
取材の仕事も久しぶりだけど、色々な仕事のオファーや問い合わせを
今年に入ってたくさんいただくようになった。
体力的にはかなりきついけど、充実してるっていいよねえ
広告の仕事だが、某女性月刊誌の記事広告の連載(?)も一つもらえたので、
ビジネス的にもありがたい限りです。

それにも増して増えたのが企画会議や、作品の出版の問い合わせ
以前から企画を出していた単行本の問い合わせとか、小説の出版の問い合わせを
それなりにいただくようになりました。条件が合わなくて、なかなか作品を世に送り出すのは
難しそうですが、今年中にはジャンル問わず、単行本を2,3冊出したいね。
そんなわけで(どんなわけだ?)今日も都内某所に出版社の方と交渉に出かけてきます。

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January 25, 2005

長文ヨロシク

なんか暴走族の落書きみたいなタイトルですが
特に深い意味はありませんです。

いやさ、正確に言うとあるんだよ。
今日ふと気付いたことがあるの。
前に作品を公募にかけてもらったアルファポリスっていう出版社さんの
ランキングで、僕のサイトの詩のページ「Mind scape」が10位にランクインしてたのね。

ああ、ありがたやって喜んだ後に、ふと気付いたんだけど、
詩の方はこんなに読んで下さる方が多いのに
小説のコンテンツは読んで下さる方がまばらなのよ。
これってどういう現象なのかねえ…

なんとなくそのことを意識して、HPには掌編とか短編小説をアップしてあるんだけど
やっぱり短い作品ほど、読んでくださる方が多い。

よくよく精査してみると、一定の市場を築いている作家さん、つまり
知名度の高い賞を受賞した作家さんや、一定のファンの方がいらっしゃる
作家さん(プロ、アマチュア問わず)以外の方の作品は、作品の質を問わず、
ネットでは読まれない傾向が強いみたいだ。

どちらかというと、僕は長編の作品を主に書いてきたので
このことが間違いないとしたら、かなり痛い。
今後のプロモーションとかを考え直さないといけないね。
長編は、出版社さんに売り込んで紙媒体で出すことに注力するとかさ。

たしかにねえ、ネットの便利な点は否定しないけど、
長い文章を読むのはなかなか辛い。

メルマガで連載している「桜の舞う空の下で」という小説なんか
まさにそれにあてはまる作品で、初稿だけで1200枚近くある。
これだと紙媒体でも上下巻とかに分けてもらわないと、とても本にはならない。
(余談ですが、アルファポリスさんのメルマガは、購読者の方が3000人を越えた
時点で出版化の審議にかけていただけるそうですわ。まだ読んでない方
無料ですので、下のリンクから購読手続きをしてみてくださいね
http://www.alphapolis.co.jp/maga.php?maga_id=1000052

とはいえ、いかに見せ場を作って、枚数を刈り込むというのも、重要な技術なので
メルマガとかHPでは、その辺りを学べればいいなと思ってます。

話はまた変わって詩の話。
昨日、掲示板に5つくらい詩を書いてたら、「何かあったんですか?」っていう
メールが山ほど届きました(苦笑)
いえ、何分、ずぼらな生活をしてますから、たまには作品をきちんと
作ろうかと思っただけです。
ほんと、締め切りとかがないと、一向に作品を書かないからねえ。
今年は少し気合いをいれようかと。

よくHPを訪問してくださる方とか、出版社の方から
「詩の内容って、実体験から産まれてきたものですか」って聞かれるんですけど
ほとんどが創作です。実体験も少しはあるかな(と、ちょっと意味深なことを書いたりして)

もともと詩を書こうとして書いてるわけじゃなくて、
ドラマの脚本とか商品広告の仕事とか、
小説のイメージスケッチとして書くことが多いですね。

たとえば、「ありがとうと言えるうちに」という作品は、長編小説「埋もれ行く恋」という作品を書く前にイメージスケッチとして書いたものです。
こういう、おぼろげながらに浮かんだ作品のイメージを、短い作品にまとめて、それから作品として成長させていくという手法は、今でもよくやります。

もっとも、自分的には納得のいかない作品が多くて、ほとんどがボツになってしまいますが。
大体、きちんと創作しない日でも一日20、30くらいの詩は書いていますが
ほとんど公表することはありません。
言葉に託した命の輝きが感じられない言葉は、世に出したところで
誰かに届くことはありませんからね。

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January 22, 2005

攻めの創作

単行本の印税とか、雑誌の原稿料の支払い調書が出版社から山のように
(いや、山ほどでもないんだけど)送られてきて、確定申告の準備に追われておりまする。
毎年のことだけど、苦手だねえ。一応、簿記のライセンスとかも持ってるくせに
経理の仕事はほんとに苦手だ。

出版社から送られてきた支払調書やご挨拶のお手紙に混ざって
メルマガとか、このブログを見て下さった知り合いの編集者さんから
「いくつか文芸関係の版元を紹介するから、企画書と作品のコピー持って
遊びにおいでよ」とのメールが。他にも出版パーティなどのお誘いなどもいただく。

そうねえ、昨年はガタガタになってたし、プロデュース業ばかりで自分の本の売り込みとか
してなかったからなあ…今年は、少し気合いを入れて攻めの姿勢であちこち
作品を売り込みにでかけますが。成功するあてはありませんが、この仕事は
ぼさっとしてても何も起きないからね。ガンガンアグレッシブに自分の作品を
アピールしていくことで、道も開けるでしょう。よし、そう決めた。

とりあえず、今日は書きかけのままになっていた「王様と金貨」の続きを書きますか。

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January 20, 2005

ヴァレンタイン商戦

昨日途中まで書いた「王様と金貨」という童話ですが、「早く続きを読みたい」という
メッセージをたくさんいただきました。うう…ありがとうごぜえます(T▽T)

ご期待にお応えして、とっとと続きを書きたいのですが、ちょっと今忙しいのよ。
メインの仕事もそうなのですが、副業でやってるオンラインモールの商品の入れ替えの時期でさ。
お正月で一段落ついてたら、あっという間に、バレンタインだの卒業シーズンだのが立て続けに
やってきますからね。
全部準備しないといけないんだけど、全部の商品入れ替えはできなかったので、
とりあえず時期が迫っているバレンタインデー特集のページだけ作りました。

カラフルな感じにしデザインてみましたが、いかがなもんでやんしょ

http://www.art-j.jp/shop/tokushu2.html

男がバレンタイン商品を扱うページを作るってのも複雑な気がしますが、これも仕事ですので
致し方ありませんな。
そうそう、そういえばあまり知られてないけど、バレンタインって人の名前なんだよね。
キリスト教の神父さんで、バレンタインさんって人がいたそうな。
その方の故事にならって2/14をお祝いするようになったらしいけど、
なぜチョコレートを送るようになったのかは不明だそうで。

一説によると某菓子メーカーの陰謀らしいが、まあ、こういう平和なイベントならいいよね。


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January 19, 2005

王様と金貨

むかしむかし、四方を大きな国に囲まれた小さな国がありました。

海もなく山もなく、わずかに耕せるだけの畑しかない小さな国の人たちは
パンを一日に一枚しか食べることができません。

小さな国の人たちは、毎日、チキンやおさかなや果物を好きなだけ食べられる
隣の国の人たちをうらやましいと思っていました。

「ああ、金貨さえあれば。いや、せめて金貨を手に入れる知恵さえ
私にそなわっていれば。
大きな国から食べ物を買って、この国の民に分け与えることができるというのに。
貧しさにあえいでいるこの国の民に、
せめて年に一度のクリスマスくらいは、豊かな時間を過ごさせてあげたいものだ」

クリスマスが近づいたある冬の夜のことです。

ご馳走を用意することはおろか、冬の蓄えが底をつきはじめ、
毎日食べるパンにも困る人がたくさんいるのを見た王様は、
いてもたってもいられなくなり、四方の大きな国の王様たちに助けを求めました。

でも、金貨を一枚も持たない小さな国の王様の願いを
四方の国の王たちは、誰一人として聞き届けることはありませんでした。

「神よ、私にはもう何もすることができません。どうかあなたの力でこの国の民を
 救ってください」

大きな国の王様たちから見放されてしまった小さな国の王様は、
国に戻る馬車の中で、神様に必死に祈りを捧げました。

するとどうでしょう。馬車の幌の上から優しい声が降ってきました。

「小さな国の王よ。よくお聞きなさい。あなたの民を思う心に免じて
 奇跡を手に入れる預言を与えましょう。
 そなたの国に、大天使が姿を変えておいでになられます。
 民と貧しき者をいたわる心に一点の曇りもなければ、
 そなたは大天使をみまごうことなく迎え入れ、
 願いはきっとかなえられることでしょう」
 
突然差し伸べられた天の救いの声に、小さな国の王様は馬車の中でひれ伏して
神様に感謝の祈りを捧げました。
大急ぎで国に戻った王様は、姿を変えて小さな国にやってくるという
大天使様を待ち続けましたが、一向にそれらしき者は見つかりません。

そうこうしているうちに、クリスマスの日が訪れ、
王様はいつのまにか、馬車の中で聞いたお告げを忘れてしまっていました。

「ああ、とうとうクリスマスがやってきてしまった。
 一年に一度のクリスマスだというのに、
 ご馳走も食べられなくて、みんな、さみしいクリスマスを過ごしているのだろうなあ。
 愛するこの国の民よ、どうか、力の無い私を許しておくれ」

クリスマスのご馳走を国の民に与えてあげることができなかった王様は
とてもすまない思いで、窓の外を見つめていました。
ところがどうでしょう。窓の外から明るい声が響いてきます。

王様が驚いて目を凝らすと、寒空の中、王宮の広場にたくさんの人が
あふれかえっていました。

「あれは、一体何事じゃ?」
「は、いずこともなくこの国に入ってきた吟遊詩人のようでございます。
 身なりはあのようにみすぼらしいものの、竪琴の腕と歌声は素晴らしく、
 通りかかった民は誰一人としてその場を動こうとしませぬ。
 それゆえ、あのような人だかりができておりまする」

「なるほど、たしかにみすぼらしい身なりじゃ。しかしまあ、それに引き替え
 竪琴の音と歌声のなんと素晴らしいことよ。神の賜物とはまさにこのこと。
 神はクリスマスの日に素晴らしい祝福をお与えくださった。
 余もぜひ近くに参ろう」

王様が王宮の広場に出てみると、噂を聞きつけたこの国の民全てが
集まっていました。
満足に食事も取っていないはずなのに、どの人も微笑みをたたえ
幸せそうに歌声に聞き入っていました。
王様は、民に混ざって微笑みながら吟遊詩人の竪琴の音と歌声に聞き惚れ、
クリスマスの訪れを祝いました。

「先ほどは、素晴らしい歌を賜った。今夜は王宮でくつろいで疲れを取られるがよい」

歌が終わった後、王様は吟遊詩人を王宮に迎えました。

「恥ずかしい話だが、クリスマスだというのに、この国には、そなたをもてなす
 充分な食べ物がないのだよ。
 せっかくあのような素晴らしい歌声を賜ったのに申し訳ないが
 せめてこれで体をあたためてくだされ」

王様は、吟遊詩人を食卓に招くと、麦とミルクのお粥を差し出しました。

「失礼ですが、なぜ満足な食べ物が得られないのですか?」
 吟遊詩人は、麦とミルクのお粥を目の前にしたまま王様に尋ねました。

「この国は小さい上に、満足に耕せる畑がない。
 しかも商いに長けた者がおらぬゆえ、他国から食べ物を買うための
 金貨もない。

 せめてクリスマスの夜くらい、この国の民全てに
 ご馳走を食べさせてあげたいと思って
 四方の大きな国全てに食べ物を分けてもらえるよう
 頼みに出かけたのだが、
 どの国の王も救いの手を差し伸べてはくれなかった。
 冬の蓄えもどんどん無くなっていくというのに
 一体、これからどうやってこの国の民を支えていけばよいものか」

王様は、そう答えると、力無くうなだれました。

「なるほど、そなたの民と貧しき者への祈り、
 まことのものと見極めた」

その時です。さっきの歌声よりも美しい声が響いたかと思うと
みすぼらしい姿をした吟遊詩人は
白い羽と光り輝く衣をまとった大天使に姿を変えました。

「王よ。預言の通りそなたの願いを叶えてやろう。民を救うために
 この竪琴を受け取るがよい」

突然の出来事に、おそれおののいてひれ伏す王に、大天使は優しく声をかけ
手に携えていた竪琴を差し出しました。

「おそれながら、この竪琴でどうやって、この国の民を救うのですか?」

おそるおそる王が顔を上げて問いかけると、大天使は微笑んで
竪琴の弦をやさしくはじきました。
するとどうでしょう。竪琴の音が響いたとたん、金貨が数枚床の上に落ちました。

「この竪琴は、弦をはじくとその音が金貨に変わる奇跡を産む。
 そなたの望み通り、この竪琴を用いてこの国の貧しき民を救うがよい」

王は、ひれ伏して両手を頭上に掲げたまま、大天使に感謝の言葉を述べて
竪琴を受け取りました。

「王よ。分け隔てなく貧しきものをいたわるその心を忘れないように。
 もし、汝が神に誓った志を忘れた時、その竪琴は、
 そなたを滅ぼす災厄をもたらすであろう」

そう言い残すと、大天使は消えてしまいました。
大天使が姿を消した後、おそるおそる王は竪琴の弦をはじいてみました。
そうするとどうでしょう。澄んだ音が鳴り響くと同時に、
金貨が数枚床の上に落ちました。

もう一度弦をはじくと、また金貨が床に落ちました。王が続いて竪琴の弦をはじくと
あれよあれよという間に、金貨は部屋いっぱいになりました。

「ああ、ありがたいことだ。さっそくこの金貨で四方の国から食べ物を譲ってもらおう」

王様は、馬車を用意して金貨を積み、四方の国へ使いの者を
走らせました。
使いの持ってきた山のような金貨を見て、
四方の大きな国の王たちは慌てて
国中の商人に命じて、小さな国へ食べ物を届けさせました。

「ああ、ありがたいことだ。私たちを想ってくださる王様のお気持ちに
神様が応えてくださったに違いない。 神様と王様に慈しまれて、
私たちはなんと幸せなのだろう」

小さな国の人々は、突然の贈り物を快く受け取り、王様と
奇跡を与えてくださった神様を口々に讃えました。

「そうだ。金貨でたくさんの牛や馬やにわとり、ひつじややぎ、
そして農具を買い与えてやろう。
そうすれば、新しい畑が作れるし、
ミルクや卵がいつでも手にはいるから食べ物に困ることもなくなる。
それに、羊や山羊の毛で服を作れば寒さに凍えることもなくなるだろう」

王様は突然の贈り物に喜ぶ民を見ると嬉しくなって
また竪琴の弦をかきならして金貨を得ました。

王様の贈り物に、国中の民は小躍りして喜びました。

もともと働き者だった小さな国の男たちは、冬の寒い中
新しい農具と牛や馬を使って荒れ地をどんどん切り開いて、
新しい畑を作りました。

新しい畑を作るのを手伝えない子どもやお年寄りたちは、
牛や馬、ひつじややぎ、そしてにわとりの世話をする小屋を作りました。

女の人たちは、羊や山羊の毛で織物を作る工場を作りました。
あれよあれよという間に、小さな国は緑豊かな国に生まれ変わり
次の年の春が来る頃には、寒さで凍えたり食べ物に困る人は
一人もいなくなりました。

「王様ばんざあい、聖なる竪琴ばんざあい」

小さな国の人々は、王様と奇跡を与えてくれた竪琴を口々にほめたたえました。

「いやいやいや、まだまだ足りぬ。病める者のために、病院を作ろう。
 遠い国から優秀な医者を集めて、病に苦しむ者を助けるのじゃ。
 それから、商いのできる者を育てねばならぬ。学校を建てて、
 子どもたちに学問をさせて優秀な若者を育てるのだ」

王様は、竪琴を弾いて得た金貨で、病院と学校を建てました。
優秀なお医者さんから病気を診てもらえるようになった上に、
子どもたちを学校に通わせられるようになって、人々は
ますます裕福になりました。

 

(つづく)

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January 17, 2005

映画など見つつ構想を練りつつ

昨日は、夕刻からプライベートだったにもかかわらず
クライアント様のご意向により、深夜から神奈川の某所にある事務所で仕事。
雨の降る中、出かけていったのに時間になっても誰も来ていない。
参加クリエーターの一人に電話を入れたら、クライアント様共々
みんなで集まって飲んでるとのこと。

だめだ、すっかり出来上がってら。これじゃ、みんな戻ってきても仕事にはならんわな
会議だというから氷雨の中、都内から神奈川まで戻ってきたのに…

預かっていたCMの絵コンテに目を通し、コピー数本を書くも
さすがに一人で黙々と仕事をするのがバカらしくなる。
依頼されてた脚本を書くも、気分が乗らず、また自分の小説を書く気もおきず、
疲労も手伝ってかすっかり自堕落モード。人様の事務所に来て何やってるんだか

ソファーに寝転がりつつ、DVD鑑賞
(交通費も自腹だからこれくらいしても罰はあたらんだろ)
拝見したのは、「運動靴と赤い金魚」というイラン映画
★↓詳しくは写真をクリックしてみてちょ

前に某広告代理店の方経由で試写会にお呼ばれした時は
仕事が入っていて、見ることができなかったんだけど、これがまたいい映画だった
何であの時、劇場に足を運ばなかったんだ?と地団駄踏んでしまった。

ネタばれになるから、ざっとしかあらすじは述べませんが、大体こんな感じのストーリー

★あらすじ
イランの貧しい家庭に育つ少年アリは、妹のザーラと二人兄弟。
家計のせいで、新しい靴を買ってもらえないアリは、ある日
妹ザーラの運動靴を修理に出しに行くが、その帰りに、靴を無くしてしまう。 

妹にうち明けるが、家計が苦しく両親が困っているのを知っている二人は、
どうしても両親に新しい靴を買ってほしいとねだることができない。
幸い、ザーラの授業が終わった後に、アリの学校の授業が始まるので、
二人は一足の運動靴を共有することにした。
ザーラは授業が終わると、家まで走って帰り、兄のアリに靴を渡すのである。
そんな生活を続けているうち、ザーラは学校で無くなったはずの自分の靴を履いた
少女を見つけ、アリは賞品が運動靴というマラソン大会があることを知る。…

ここでは書きませんが、ラストは優しい気持ちにひたれる結末だということだけ
申しておきましょう。

それにしても、優しい気持ちになれる映画だなあ。
まだ幼いながらもアリがお兄ちゃんらしく、ザーラのことを気遣うシーンは、
日本人の心に訴えるものがありますね。
映画って、制作された国の文化や習慣が色濃く反映されるものだなあと
つくづく思いました。

イランって、イスラム文化圏だし、性的なシーンや、社会風刺と取られるシーンの
映像表現はできないから、脚本家もスタッフも監督も
制作には相当頭を痛めたと思う。
おそらく、制作費も撮影機材も満足とは言えない中で撮影された作品だと思うが
それらのハンディを乗り越えて秀作を生み出した
マジット・マジティ監督の映画にかける情熱は素晴らしいと思う。

映画って、金に物を言わせれば、映像的には見栄えのする作品はいくらでも作れる。
だが、本当に鑑賞者の心に訴える作品は、脚本のクオリティと
制作者の情熱ではないだろうか。
この作品にはそれが全て備わっていると思う。

映像的には見栄えがするものの、趣味の悪いアクションシーンばかりで内容が薄い
大国配給の映画には食傷しきっていたので、快い清涼剤でした。

さ、気分が一新したところで、ぼちぼち仕事も片付けますか


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January 15, 2005

昨日に引き続き

午前中、昨日に引き続き雑誌の企画を提出&原稿数本入稿
無事に原稿を書かせていただけますように。(-人-)

さて、一仕事終えたところで今日は作業が目白押しでした。
運営しているサーチエンジンのメンテナンス
(サーバー移行を検討しなければいかんことが分かってちとショック)
弟のReijiから依頼された曲の作詞などなど。大変ですわ。

これまた一仕事終えたところで、昨日に引き続き再び読書。
ブログで紹介された本を読んでみたいというメールを数人の方からいただきました。
既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、このブログで紹介した本の
画像はオンライン書店にリンクが貼ってありますので、そちらでお求めになると
便利かと思います。もしよろしければクリックしてその先のページで御購入くださいませ

さてさて、そんなメールに交じって、小説やエッセイを書くのに
参考になるノウハウ本を教えてくださいというメールもいただきました。

これって難問ですよねえ。正直言って俺が教えてほしいです。
というのも、そもそも書き手の方によって創作の方法って違いますから
これさえやれば素晴らしい作品が書けるようになるっていう、
フォーミュラ(公式)みたいなものって無いと思うんですよ。

やはり一番最良の方法は、できるだけ多くのジャンルの作品を
読んで、その中から文章表現方法やテクニカルな物を
身に付けて、何度も習作を書き、
自分なりの作品を生み出す方法を確立していくことでしょうね。

文学に限らず、芸術って、作品を生み出すための感性が何より
大事になると思うのですが、いくら素晴らしい感性に恵まれていても、
表現する技術がなければ、作品を世に送り出すことはできません。

よく、「自分の作品を見て下さい」というメールをいただくのですが、
(最近は忙しくて見るひまがありません…御免なさい)
拝見すると大半の方は、この辺りの技術が習熟していないために、
自分の持ち味を生かし切っていないことがほとんどです。

いわゆる「てにをは」が間違っていたり、「…(三点リーダー)やト書き(会話文)」の記述が
間違っていたりといった、原稿を書く上での基礎的なことが守られていなかったりするのは
ほぼ全員に見られますし(こういう作品は出版社に持ち込んだり、新人賞に応募すると
内容を精読してもらう前にボツにされることが多々あるそうです)
きちんとしたプロットを組み立てず、いきなり原稿を書き始めているために、
ストーリーが破綻していたり尻切れトンボになってしまっていて
作品として成立していないケースがほとんどです。

自分もそういう時期を経過してきているので、書き手の方の心情が分かるのですが
おそらく一つのストーリーを書き上げたという満足感や
原稿用紙数百枚の文章を書いたという達成感にひたってしまって
自分の書いた作品を客観的に見ることができなくなって
しまっているのではないでしょうか。
(自分の作品がかわいく思えて仕方がなくなるのは致し方ないと
思いますし、それは決して悪いことではないと思うんですけどね)

自分だけの記念のために文章を書くのであれば、それでもかまいませんが
作品を多くの方に見てもらうには、書き手自体が意識を変えて
読み手の方の視点を意識した書き方をする必要があります。

小説を書く上でのごく基本的なこと(原稿作成の作法)を含め、
文章表現や他の基礎的なテクニックを身につけていない書き手の方には、
若桜木虔先生の「作家デビュー完全必勝講座」は良書ではないでしょうか。

作家デビュー完全必勝講座若桜木流奥義書

原稿の書き方から、独学で小説を書き始めた方が陥りやすいミスなどが
詳しく解説されていて、参考になると思います。
既に脱稿した作品があったら、本書に書かれている部分だけでも手直しをしてみると、
作品が更に輝きを増してくるのが分かって、書き手の方にも励みにもなると思います。


スティーヴン・キング小説作法

スティーブン・キングの小説作法。
筆者は言わずとしれた「ブレードランナー」「グリーンマイル」など
数々の映画化作品を書いて来たベストセラー作家
翻訳書の手前、文体が少し読みづらいのと、自叙伝的なことがけっこう盛り込まれているので
その辺りは行間を読み解く必要がありますが、基礎的なことが身についている方は
新たに学ぶことができる一冊だと思います。

さてさて長くなりました。今夜はこのへんで ではまた

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January 14, 2005

ほっと一息

某週刊誌の企画を数本提出。無事に原稿書かせてもらえるといいなあ。
小鳩のような小さな胸をふるわせつつ(誰がだよ)編集の方へメール送信。

昼過ぎに某広告代理店で新規の仕事の打ち合わせを終えた後、完全に解放
ここ数日、忙しかった時間から開放されたせいか、少し拍子抜けした感じだ。

徹夜がたたっていたせいか、食事をする気も起きないので、暖かい紅茶でも
いただきながら、日だまりが心地よいオープンテラスのカフェで読書。
昨日も本読んでたじゃねえかよ、って声が聞こえてきそうだけど、
今日はちょっと違うのさ。小説の技法の研究を兼ねての読書なんですわ。

一冊目は、直木賞作家 石田衣良氏のうつくしいこども

うつくしい子ども

触法少年や少年法の矛盾をモチーフにした点では、さほど珍しい作品ではないし、
石田氏の当時の前作「池袋ウエストゲートパーク」のカラーを残しているのは
否めないのだけど触法少年や被害者を主人公におかず、
触法少年の兄を主人公に据えていること。
そして、事件を追う新聞記者の視点が交互に展開し、二人の視点で
物語が進行していくという点に注目せざるをえない。

このような手法は一見、簡単そうに見えるけど、ストーリーがきちんと構築されてないと
収拾がつかなくなってしまって、作品として成立しなくなってしまうリスクが高い。
ましてや、ミステリーならではの読者を唸らせるサプライズやトリックを
仕込むことは、よほどの筆力がなければ不可能に等しい。

テレビドラマ化された「永遠の仔」を書かれた天童荒太氏の孤独の歌声でも
同じ様な手法が使われているけど、これも同様に作品のレベルが非常に高いと思う。

孤独の歌声

これらの作品から学ぶことは、ストーリーの構築力、特に、プロット(初期の粗書き)の段階で、
いかに最終的な仕上がりをイメージし、ストーリーの細密なところまでイメージできる力を
養うかということだと思う。

表現手法、磨き抜かれた文体、感性、ストーリーの構築力、どれをとっても精度の高い
小説を書くことは不可能になってしまうのだけれど、
今の自分を見渡してみると、どの要素も欠けてるようでめげちゃうねえ……

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January 13, 2005

So tight!

しかし、タイトですな~何がって仕事ですよ
何しろ、福岡から帰って以来ずっと、なにかしら書いてる状態でございます。
10日の深夜に東京に戻ってきて、既に原稿用紙400枚近く、原稿を書いてるもんね。
現在深夜の3時。かれこれ70時間近く机に向かって原稿を書いてるってことか。とほほ。

その大半が広告原稿だから(広告の原稿は適度に空白がある)、こんな枚数も可能なんだけど
コラムとか文芸とかやってるライターさんや作家さんは、ほんと大変だろうな。

超有名な方から、僕みたいな、なんちゃってライター
(自分のサイトはなぜかヤフーで小説家として紹介されてますが)まで
原稿書きの苦労は皆一緒。避けては通れません。

おまけにプロとして活動していると、一定時間の間に作品を仕上げないといけないし
いくら出来が良くても商品価値がないと判断された原稿は、世の中にも出ていかないし
文字通り一円のお金にもなりません。

よく、ライターや小説家志望の方から
「好きなことを書いて自由な時間とお金が手に入るって魅力ですよね」といった
メールをもらうのですが、よほど人気がある作家さんでもない限り好きなことを
書かせてもらえることなんてないんですよ。

大半は、事前に企画書を作って、買い手である出版社さんやクライアントさんの
GOサインをもらう形になりますが、それでも、無事に企画が通って、
実際に雑誌や単行本の形で世にでていくのは
ごくわずかなんです。

とどめを刺すように、それで読者の方の反応が無ければ、
次からの仕事の依頼はまずやってきません。
超有名な方から僕のような末席のライターまで、プロと呼ばれる人種は、
厳しい競争原理にさらされているというわけですわん。

今日も、原稿やら企画書を約400枚以上買いてますが、
そのうち作品として世に出ていくのはほんのごくわずか。

それでも可能性の芽を信じて、今夜もひたすら作業を続ける私なのでした……


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January 12, 2005

ココロによく効く読書

はい、昨日に引き続き仕事でズタボロの松沢でございます。
原稿書きに企画会議と、一時も休むひまがございませんが、
こんな時こそ、ココロのゆとりが必要でございます。

リフレッシュせねば。リフレッシュの方法は山ほどありますが、
原稿書きが重なっている最中は、アルコールを入れたりといった、
物書きモードから完全に離れる
リフレッシュをしてしまうと、仕事に戻った時、後がきつい。


そんなわけで、仕事の合間は読書をすることにしています。
本を作る仕事をしていて、休憩時間に読書とはよっぽど物好きなんだな、と
言われそうですが、やはり内容の如何にかかわらず、
心が安らぐ本というのがあるんですね。
休憩の時は、もっぱらそういう本を読んでいます。

デカルトが「読書は、故人やまだ見ぬ人と会話する最良の方法である」と
言っているように、読書は著者との会話でもあります。
時には誰とも言葉を交わすことなく仕事をしなければ
いけない時もあるので、心がささくれだってる時の精神安定をはかるのにも
もってこいなんですね。そういうわけで、仕事の合間ほど本を読みます

とはいえ、あんまり小難しい本は読む気にはならないので
できるだけ心が休まる本を。今日読んだのはこんな本

パパラギはじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

★パパラギ 立風書房
パパラギとは、太平洋の中に浮かぶ小さな島、サモアの言葉で
「天を突き破って出てきた人」という意味。
昔、キリスト教の宣教師が帆掛け船に乗ってやってきたのを見た人が、
天を突き破って来た人と勘違いしたらしい。

内容は、サモアの酋長「ツイアビ」がヨーロッパを訪問して見聞きしたことを
島民に話して聞かせるというもの。
要は旅行の見聞記なんだけど、これが奥深い。
自然の中で育った彼の目から見たヨーロッパの文明が、彼の等身大の言葉で、
ありのままに島民に伝えられるのだが、これが耳に痛い。
そして同時に、ページをめくるたびに、僕たちが見えなくなってしまっている「何か」を
気付かせてくれる僕にとっては「知恵の書」でもある。

著者のツイアビがこの演説を行ったのが1910年代というから、いうに100年前の
出来事というから驚かされる。
本書が邦訳されたのは、1981年で、僕が所蔵しているのは1987年の第36版。
聞くところによると、出版されてから20年を越えているのに、
いまだに売れ続けているそうだ。
やっぱり素晴らしい本は、時間を超えて生き続けるんだなあ……
いつかこんな本を書きたいね。

宮沢賢治詩集宮沢賢治1

★宮沢賢治詩集 角川書店 他

童話作家として有名な宮沢賢治大先生の詩集。
あまり知られてないけど、宮沢賢治先生って、盛岡高等農林学校
(今の岩手大学の農学部)を卒業した農学者で
作家としてよりも、農学者としての評価が高いんだよね。
80年以上も前に、地球温暖化の予測をしていたというから驚き。

肝心の作品ですが、実は大半の作品は
先生の死後に見つかったものばかりなんです。
農学校で新しい農法の研究をしたり、生徒さんを指導する傍ら
作品を書き貯めたり雑誌や地方新聞や同人誌に発表していたようですね。
生前に単行本として出版されたのは、「注文の多い料理店」とか「雪わたり」とか
「春と修羅」などといった作品くらいらしい。

先生の詩は、有名な「雨ニモマケズ」のような、心をそのまま書き写したような
作品もあるけど(ちなみに雨ニモマケズは、先生が亡くなる2年前に病床の中で手帳の中に
書き留められた作品だと言われる)、どこか理知的に設計図をひいて書いたような作品もある。
だけど、心にずしんと響く作品が多くて、読むたびに心を洗われるような気がする。
たくさんある作品の中で、僕は「松の針」という詩が好きだ。

大正11年(1927年)先生の妹さんが亡くなる間際に書かれた詩だそうだが、
熱で苦しむ妹さんに何もしてやれない悔しさや悲しさが
痛いほど心に響く言葉で力強く綴られている。

常識的な考え方をすれば、自分の肉親の命が絶えようとしているときに
詩を書こうとするのは非常識なのかもしれないけど、
おそらく先生は、やりきれない思いを言葉にぶつけるしかなかったのだと思う。
そんな辛さが痛いほど伝わってくる詩だと思う。

こういう作品を読むと、切なさと同時に心がほぐれて、人として生きる素晴らしさを
感じることができて、少しでもそんな世界に届くことができないか
また前を向いてチャレンジしたくなるんだけどね

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January 11, 2005

1200キロ移動して

昨晩、最終便で福岡から東京に戻って、それからずっと仕事しています。
かれこれ20時間以上ずっと仕事しっぱなしなんで、
くたびれることこの上ないのですが、どうやら疲労の原因は仕事だけじゃなくて昨日の移動も
原因らしい。

飛行機の移動って、せいぜい二時間くらいのものだから、大したことないと思ってたんだけど
どうやら旅行って時間じゃなくて、移動する距離で体にかかる負担が決まってくるらしい。

今日はずっと微熱が続いているような浮遊感(ちなみに体温は平熱)があった。
やっぱ疲れてるんだなあ……

そんな調子だから、生産性はぜんぜんあがらず。
だらだらと仕事を続けては、仕事の合間に、仕事仲間と地方の名産・土産の話に花を咲かせる。
こっちばっかり盛り上がってたような気がするな。
とはいえ、こういう雑談から、新しい仕事の企画が産まれてきたりするので、
お勤めの方なんかと違って、僕たちの世界では、仕事中の雑談は、タブーではありません。

で、郷土の名物土産のお話。
福岡の土産物というと、辛子明太子とかとんこつラーメンが有名だけど、実はあれって
戦後にできたもので、伝統料理というほど時間が経過したものではありません。
辛子明太子にいたっては、材料は北海道から買い付けてるから、郷土の味というには
少し語弊があるような気がする。(とんこつラーメンも、名古屋の人が発明したものだしね)

そうすると、福岡の郷土の名物土産って何だろう。
辛子高菜、おきうと、銘菓ひよこってなとこかしらん。

辛子高菜は有名になったので説明はいらないかもしれませんが、
高菜という植物の漬け物を発酵させたもの。
独特の風味があって、油炒めするとごはんによく合います。


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「おきうと」というのは、えごのりという海草を固めて作る、
ところてんに似た惣菜で、薄く切ったものを酢醤油でいただきます。
昔は博多の旅館に泊まると、必ず朝はこれが出てきたものでした。
最近はほんとに珍しくなりましたけどね。

後は、銘菓ひよこ。東京の方は「ん?」と思われたかもしれませんが、
東京でも売られている、ひよこの形をしたこのお菓子、もともとは博多のお菓子なんですよ。
今や全国的に販売されるようになったのでご存知無い方が大半になりましたが。

最近はネット通販なんかがあるので、日本中、どこにいてもいろんな物が
手に入るようになりました。そういうわけで、お土産を買うのも一苦労です。
せっかく遠くまで足を運んだんなら、珍しいものをお送りしたいですからね。

最近は、空港なんかでお土産を買わず、ちょっとひなびた感じの所へ
わざわざ買いに行くようになりました。
今回は、あちこち歩き回って、東京では出回っていない菓子折と焼酎、
そして高級魚介珍味をゲット。
何を買ったかって?それはないしょ。
だってここで書いちゃってメジャーになっちゃったら、次回お土産買うときに
また一苦労だもの。あはは…^^;


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January 09, 2005

東京へ

なんだかんだで四日間の福岡滞在も今日で終わり。

自分の小説の取材をかねて福岡市に寄った後、今夜、東京に戻ります。

諸々の仕事をしながらの滞在だったんで
あっという間の四日間だったな。
とはいえ、弟のReijiとの絆も深められたような気がするし、二人で始める
新しい仕事の話もじっくり話し合うこともできたし、有意義な時間になった。
具合が悪いと聞いていた、中間市に住む叔父さん叔母さんとも会えたし、
久しく会ってなかった親戚の人達とも会えて、心をたくさん暖めてもらえた。
みんなありがとうね

またしばらくお別れと思うと、身の引き締まるようなこの時期の
福岡の寒さも名残惜しく感じます。
思い出の底に眠っていた記憶が、この寒さを思い出せるようになったころ
いつも東京に戻らないといけないんだよねえ……ちょっと残念

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January 07, 2005

福岡の夜は寒し

ばたばたとしてると、あっという間に福岡で過ごす夜も2日目
親父の四十九日の法要もあるんで、ひさしぶりの故郷を満喫する余裕もなく
ばたばたとしております。

加えて、最近はネットがあるから、東京から離れたこんな遠くにいても
仕事が追っかけてくる。いいんだか悪いんだかなんだけど、断るわけにもいかないから
仕方なく作業を進める。

某メディアにいる友人から、スマトラ地震の津波被害についての記事作成依頼を受ける。
守秘義務があるから詳しくはここでは書けないんだけど、もらった資料に目を通して
その被害の大きさに愕然とした。現地の方たち、タイのプーケットみたいな観光地
に来ていて被害にあった方たちのことを考えるとどんな記事を書いたらいいのか
途方にくれてしまう。正直ペンが進まない。
肉親の死に立ち会ったばかりの今の自分にとっては、痛くてたまらない仕事だ。

ペンが進まず、あきらめて遅い遅い夕食を取っていると、某報道番組で
被災し、両親を失ってしまった邦人少年へのインタビューが放送されていた。

メディアによって切り取られた彼の表情はとても気丈に見えた。
本当にそうなのだろうか? 僕には、突然の悲しみに必死に耐えている姿だけが切り取られて
誇張されてしまっているように見えた。

人は突然の悲しい出来事を容易には受け入れられない。
ましてや肉親の死ともなれば、残された者の胸には、計り知れない思いが降り積もる。
それが、両親や大人の庇護のもとに置かれて当然の年頃の少年だとしたら
耐え難いものが彼の胸の中に押し寄せているのは間違いないはずだ。

彼は泣けたのだろうか?
いや、強く抱きしめて涙がかれるまで泣かせてあげられる大人はいるのだろうか?
この事故で亡くなられた方のご冥福と、残された方が新たな悲しみに襲われないよう
祈るような気持ちで、進まない原稿に向かっている。
今夜も福岡は寒い。明日は雪になるかもしれないそうだ。

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January 06, 2005

正月明けの福岡

先日お知らせしたように、昨日から福岡に来ています。
まあ、予想はしてたんだけど寒い……
九州っていうと、冬でも泳げる暖かい場所ってイメージがあるみたいだけど
実際はその正反対です。

九州本土の一番南の県、鹿児島でも雪はふりますしね
反対に一番北にある福岡県は、地図でみると、埼玉県北部から群馬県の南部くらいの
緯度になりますし、冬場は朝鮮半島やシベリアから冷たい風が直接吹いて
きますので、東京や横浜なんかとくらべると格段に寒いです。

始発の便で東京を発ったので、福岡には昼前に余裕で到着。
やっぱ寒いわ。
実家に直行しても今日は特にやることもないので、なつかしい町並みを訪ねてみました。
僕の小さかったころは、石炭産業がちょうど衰退する時期で、昭和の香りがプンプンする
雰囲気がそこかしこにあったのですが(五木寛之先生の青春の門そのまんまの世界)
時代の流れに追いやられながらも、かつての町並みは時代を残したまま息づいていました。
(写真は東京に帰ってでもアップしますね)

それにしても、あれから時間がずいぶん過ぎたんだなあ……今は時代の波の向こうに追いやられて
しまった町の面影の全盛期のころの華やかさを知っているだけに、感慨深いものがありました。

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January 04, 2005

明日から福岡へ行って来ます

あっという間に三が日もあけて4日
明日から平常通りお仕事って人も多いのかな?

僕は大晦日からずっと仕事が続いていて、結局ずっと
仕事先で広告のコピーを書いたり、その他諸々の仕事をしたりして
あっという間に終わってしまいました。

例年こんな調子で年を越して、また新年を迎えるんだけど
お正月に拘束するのを申し訳ないと思われたらしく、原稿の依頼主の会社の方から
おせちなんかの差し入れをいただきました。ありがとうございました
出された物はきちんと食べる世代なものですから(鯨と肝油とチクロで育ちましたから)
残さずきちんといただいたのですが、うむむむむ……思いっきり胃もたれしました。(泣)

そうだよねえ…見た目若いって言われるけど、今度の3/3で37だもの
脂物には弱くなるよなあ…(トオイメ--;)
焼き肉食べ放題なんかに行ってもびくともしなかった若かりし頃がなつかしいっす。

とはいえ、今時って栄養取りすぎてるから、少し意識しておいしいものをひかえないと
いけないっていいますからね。ちょうどよいのかも
今年は少し節制しなければ、と、つくづく思いました。

さてさて、話は変わりますが、明日から福岡へ行って来ます。
仕事のからみもあるんだけど、メインは11月に亡くなった親父の四十九日の法要のため
あれからもう一ヶ月以上が過ぎたんだ。早いなあ……今年はもっと大事に時間を使わなきゃね

四十九日って、仏教用語では満中陰(まんちゅういん)といって、亡くなった方が
この世からいよいよ離れて、あの世へ渡る日なんだそうだ。
最近の理論物理学による計算だと、光の速さで銀河系の端に地球から到達するのが、ちょうど
四十九日なのだとか。偶然にしてはできすぎた数字だよねえ…あの世の入口ってそんな遠いのかあ

つい最近まで身近にいた親父がそんな遠くへ行ってしまったと考えると、すごく複雑な気分だ

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January 01, 2005

あけましておめでとうございます

皆様あけましておめでとうございます。
新年早々ちゃんとブログを更新してる! と驚きの方も
いらっしゃることと思いますが、今年はどんどんアグレッシブに文章を書いて
いきたいと思っていますので、その気持ちの表れと思っていただければ、幸いに存じます。

例年のごとく、仕事をしながら年が明けてしまったのですが、そこはそれ
焼酎を飲みつつ、餅やおせちをつまみつつ、紅白のマツケンに拍手を送りつつ
(しかしすごかったねえ、罪なお人よ)まったりモードでだらだらと仕事を
しておりました。

おかげさまで、脳みそが逆上がりしそうな難しい仕事も無事に終え
後はお屠蘇飲み放題モードに突入でございます。
さてさて、はじけるぞ~…と思ったのですが、ライターって人種はひねくれてるものでして
時間に余裕ができると自分の作品を書いたり、他の方が書いた本を読みたくなるものです。

今年書く予定の本(無事出版できるといいんだけど)や雑誌の企画書をまとめたあとは、
自分の小説の続きを30枚ほど書いて、焼酎を傾けつつ、読書の時間。
いやいやいや至福の時間でございます。


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本日いただいたのは、泡盛古酒10年物。風格があってお正月にぴったりの一品ですね。

孤独か、それに等しいもの

さてさて、本日ページを開いたのは、大崎善生氏の「孤独か、それに等しいもの」
角川書店の文芸誌、野性時代に掲載された際に、絶大な評価が集まった短編を集めたものですね
氏の作品は、「パイロットフィッシュ」などの長編も好きなのだけれど、短編集も独特の味わいがあるね。

青春時代の多感な空気を見事に表現しているし、若さ故に悩み苦しむ主人公が形を変えて
表現されることに、多くの人が共感を覚えるのだろう。
小説というのは不思議なもので、どの作品を通してもその作家独自のカラーがある。
この作品は、装丁にみられるように独自の繊細な空気をうまくつかんで文章の中に閉じこめているのが
素晴らしい。

文章を書くことを仕事にするようになって、純粋に他の方の作品に接する機会が減ってしまったけど
こういう良質な作品に出会えると喜びもひとしおだ。
もっとも、こんな感傷的な気分になるのは、久しぶりに休暇が得られて、安堵しきっているからかも
しれないんだけど

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