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September 2004

September 23, 2004

小さなつばめとりんごの木

むかしむかし、ある高い山の上に
大きなりんごの木が立っていました。

自分でもいつからここにいるのか分からないくらい
古くて大きなりんごの木は、毎年夏の終わりになると
たくさんの実をつけました。

全ての枝にびっしりとぶらさがった
小さな小さな青いりんごの実が
だんだん大きく、赤くなっていくのを見ると
りんごの木は、とても幸せな気持ちになれるのです。

でも、りんごの木は、年を追うごとに体が弱って、実をつけるのが
苦しくてたまらなくなっていました。

それに、誰一人としてやってくることのない、高い山の上に立っているのです。
無理をして、たくさんの実をつけるのは、意味がないことだと
りんごの木は、自分でもよく分かっていました。

それでも、ここにやってきてくれるかもしれない誰かのことを考えると
りんごの木は、どんなにつらくても、りんごの実をみのらせずには
いられませんでした。

「こんな高い山の上に、誰かがやってくることは、まずないだろう。
でも、ひょっとすると、冬ごもりのために食べ物が必要な熊の子が
わたしを見つけてくれるかもしれない。

きれいな沢の水を汲みにやってきた人間の子が
わたしを見つけてくれるかもしれない。

その時、赤くておいしいりんごの実を見つけたら
どんなに喜ぶだろう。

その子がもし、道に迷っておなかをすかせているとしたら
私のりんごの実は、その子たちの命を救うことにもなるかもしれない。

だから、どんなに辛くても、りんごの実をみのらせないわけにはいかないんだ」

りんごの木は、自分にそう言い聞かせて、
できるだけたくさんのりんごの実をつけました。

でも、いっしょうけんめいがんばって実らせたりんごの実は
だれの手にも届くことなく、すべて大地に帰っていきました。

ある年の夏の終わりのことです。
高い山の上を大きなたつまきがおそいました。

「たつまきさん、おねがいだ。おねがいだから、
これから赤い実をつける枝だけは、もっていかないでおくれ」

ごうごうと強い風がふきあれる中、りんごの木は
小さなりんごの実のなった枝を、必死で守りました。

そのせいで、りんごの木は、強い風に飛ばされてきた大きな石が当たって
おなかのまんなかに、大きな穴があいてしまいました。

「いたいよう…いたいよう」

りんごの木は、声をあげて泣きました。
でも、だれもりんごの木を助けてくれはしません。
だれもりんごの木をなぐさめてくれはしません。
りんごの木は、痛くてさみしくて、一晩中泣いて過ごしました。

おなかにあいた大きな穴は、太陽がのぼってもずきずきといたみました。
でも、やがて一日すぎ、二日すぎるうちに、少しずつ大きく赤くなっていく
りんごの実を見ていると、りんごの木は、
少しずつ痛みを忘れることができるようになりました。

「ああ、こうやって、がんばってりんごの実をつけたのに
また今年も、ここには誰もやってきてくれないのかなあ」

おなかに穴があいてまで、たつまきからりんごの実を
守ったのです。それなのに、今年もまた誰もここにきてくれなくて、
真っ赤に熟したりんごの実が全て大地に帰っていくのかと思うと
りんごの木はとても悲しくなりました。

そう思って、りんごの木がふと空を見上げた時でした。
空のむこうから、小さな黒いものがやってきます。

「なんだろう? なんだろう?」

りんごの木が、じっと、目をこらしていると
それはだんだん大きくなって、目の前にどすんと落ちてきました。

「なんだろう?」
りんごの木が目をこらしてみると、それは小さなつばめでした。

「おい、君、しっかりしろ。どうしたんだ?」

「心配してくれてありがとう、りんごの木さん。
 おなかがすいて……それに羽をけがして飛べなくなってしまったんです」

ちいさなつばめは、息もたえだえに、そう答えました。

「かわいそうに。すぐにおいしいものをあげようね」

りんごの木が体を大きくゆすると、真っ赤に熟したりんごの実が
いくつも地面に落ちました。

「さあ、遠慮せずに、たくさんおあがり」
「いただきまあす!」

小さなつばめは、あまいにおいのするりんごの実を
あっという間に全部食べてしまいました。その甘いことといったら、
ほっぺたが落ちそうです。

「りんごの木さん、ありがとう。こんなにおいしいりんごを食べたのははじめてです。
 おなかもいっぱいになってすごくしあわせです」

小さなつばめは、うれしくなって、にっこり笑って
りんごの木にお礼をいいました。

「羽のけがが痛むのなら、わたしの幹から出ている樹液をぬりなさい。
 それから私のはっぱをむしって、しっぷをするといい
 すぐに羽の傷がふさがって、また飛べるようになるよ。
 さあ、えんりょせずに
 くちばしでわたしの幹から樹液を取って、羽にぬりなさい
 はっぱをむしって、しっぷをしなさい」

 たつまきでけがをした所を、とがったくちばしでつつかれるのは痛くてたまりませんでした。
 たつまきのせいで残り少なくなった葉っぱをむしられるのは、痛くてたまりませんでした。

 りんごの木は、たつまきのけがで吹き出た樹液を取られ、はっぱをむしられて
 ますます体が弱っていきました。

 でも、はじめてできた友達がずっとそばにいてくれるのです。

 夜、小さなつばめが、おなかにあいた穴の中で眠っている時、
 りんごの木は、今まで頑張ってりんごの実をみのらせてきたことを
 誇りに思うのでした。

「りんごの木さん、羽が治ったみたいだ。ほら、もう飛べるようになったよ」

 それから何日たったでしょうか。ある朝、つばめは、羽のけがが治って
 すいすいと空を飛べるようになっていました。
 うれしそうに、空をかけめぐるつばめを、りんごの木は、
 少し寂しそうに見つめていました。

「せっかくだから、少し遠くまで飛んでくるね。夕方までには帰るからね」

 小さなつばめは、りんごの木にそう言い残すと、大空高く舞い上がっていきました。
 ひさしぶりに飛ぶ空の中は、青くすんでいて、とてもすてきです。

 太陽を追いかけ、どこまでもどこまでも高く飛んでいくうちに、
 いつのまにか、つばめは、りんごの木のことなど、すっかり忘れていました。

 雲をこえ、山をこえ、小さなつばめはぐんぐん空へと高く上っていきます。
 夢中になって空を飛んでいると、遠くになつかしい仲間の姿をみつけました。
 群れになって南へ向かって飛ぶ姿は、間違いなく、むかしの仲間の姿でした。

「おおい、みんな、まってくれよお」
 小さなつばめの声に、仲間たちがおどろいて振り返ります。

「お前、どこにいってたんだ? みんなで探してたんだぞ。でもよかった、また会えて」
 小さなつばめと仲間たちは、また会えたことを心から喜びました。

「じゃあ、今日はお祝いしよう。明日は南の国へ向けて出発しなきゃいけないしな」
 仲間のつばめが、小さなつばめの肩をたたきながら言いました。

「南の国って?」
「忘れたのか? もう秋になるから、おれたちは南の国へ行かないと、
 凍え死んじゃうんだぞ。

 お前を残して行くわけにはいかないから
 出発をぎりぎりまで遅らせていたんだ。明日の朝、海を渡らないと
 南の国まではたどりつかないから、今夜は海べりの峠の森で
 みんなで眠ろう。それから明日の出発をみんなでお祝いしよう」

 その時、小さなつばめは、りんごの木との約束を思い出しました。
 夕方までには帰ってくるという約束を。

 小さなつばめは、仲間が呼び止めるのもきかず、りんごの木が立っている
 山の上をめざして飛びました。

 もう太陽は半分、山の向こうに消えています。
 太陽の光が弱くなって目が見えなくなってくるのをがまんしながら、
 小さなつばめは必死に山の上を目指して飛びました。

「あった、あそこだ」

 薄暗い中、飛ぶ方向を何度もまちがえながら、小さなつばめは必死に山の上をめざしました。
 ようやく山の上のりんごの木の足下に舞い降りた時、太陽はすっかり
 山の向こうに姿を消していました。空には星が光り始めています。

「りんごの木さん、ごめんなさい。夕方までにはここに戻ってくるって約束したのに
 約束を守れなかったよ。ごめんね。
 それとね、ぼく……明日の朝、南の国へ行かないといけなくなったんだ。
 だから、さようならを言いに……」

つばめは、その時、はじめてりんごの木が目を閉じていることに気付きました。
がっくりと枝をうなだれて、寂しそうな顔をしたまま目を閉じているのを見て、
小さなつばめは、りんごの木が、もう二度と目を開けてくれないことを知りました。

つばめの羽のけがを治すために、樹液とはっぱを使いすぎたのでしょう。
樹液がこんこんとあふれていた幹は、かさかさに乾いていました。
枝に残ったわずかなはっぱは、全部茶色くしおれていました。

小さなつばめは、その時はじめて、りんごの木が自分を助けるために
たくさんたくさん無理をしてきたことを知りました。

痛かったでしょう。苦しかったでしょう。
そんな辛い思いをしてまで、自分を助けてくれたのに、僕は約束を忘れて
楽しく空を飛んでいた。

約束を信じて待っていたりんごの木さんは、ひとりぼっちにされて、
どんなに寂しかったことでしょう

「りんごの木さん、ごめんなさい……ねえ、お願いだから目をあけて
 ねえ、もう一度笑ってみせてよ お願いだよ」

小さなつばめは、いつまでも涙を流して謝りましたが、
りんごの木は、目を開けてくれることはありませんでした。

「りんごの木さん、ぼく、南の国へ行くのはやめるよ。
 冬が来て凍え死んでもかまわない。
 ここでずっと、りんごの木さんと一緒にいたい。 ね? いいでしょう?」

 その時です。辺りが明るくなったかと思うと、空から優しい声が響いてきました。

「だめですよ。あなたは南の国へ行かなければなりません」

 つばめが驚いて空を見上げると、明るくなった空の中から、
 輝く白い服をまとった天使が、光の中をゆっくりと舞い降りてくるところでした。

「天使さん、おねがいです。僕は南の国になんか行きたくない。
 ここでずっと、りんごの木さんといっしょにいたいんです
 どうかお願いをかなえてください」

 地上に舞い降りた天使は、涙を流して悲しむ小さなつばめを
 そっと手に乗せると言いました。

「小さなつばめさん、もう泣くのはおやめ。
 りんごの木さんは、地上で過ごす間、
 みんなのためを思ってずっとがんばってきたから
 これから神様が作られた天の国へ帰って、ゆっくりと休まないといけないんだよ
 これから、りんごの木さんは天の国に帰っていくから、二人で祝福してあげましょう」

「いやだ。そしたら、りんごの木さんと、もう会えなくなっちゃうじゃないか」

小さなつばめは、りんごの木さんに二度と会えないと思うと、
悲しくなって、ますます涙があふれてきました。

「そんなことはないよ。君がいつどこにいても、僕はいつも一緒にいるよ」
「りんごの木さん!」

目を閉じていたはずのりんごの木の声がしたので、つばめは驚いて
顔をあげました。
りんごの木は、さっきまでかさかさに乾いていた幹や、
茶色くしおれていたはずの葉が金色に輝いていました。
でも、小さなつばめを見つめながら微笑む優しい姿は、
まちがいなくりんごの木です。

「よかった。りんごの木さん、目をあけてくれたんだ。また一緒にいられるんだね」

小さなつばめは、りんごの木さんがまた目を開けてくれたので、
すっかりうれしくなってしまいました。

「残念だけど、天使さんの言うように、僕は神様が作られた
 天の国へ行かないといけないんだ。

 でも、神様が、南の空で一番大きく輝くお星様の上に
 僕のおうちを作ってくださることになったから、
 君が南の国へ行くのをずっと見守ってあげられるよ。

 昼間、空を飛んでいるとき、さみしくなって僕のことを思い出したら、
 僕の葉っぱと樹液でしっぷした、黒く輝く君の羽をなでてごらん。
 そしたら僕が一緒に空を飛んでいることがわかって、さみしくなくなるよ。

 夜眠る時、さみしくなって僕のことを思い出したら、南の空を見上げてごらん。
 僕はいつでも一番大きく輝く星の上から君を見守っているよ。

 そしたら僕のおなかにあいた穴の中で、眠っていた時のことを思い出して、
 さみしくなんかなくなるよ。
 ね、だから、僕たちはこれからいつも一緒にいられるんだ。お願いだからもう泣かないで」

 小さなつばめは、いつでもりんごの木がそばにいてくれることがわかって
 泣くのをやめました。

「それからね、君は夕方までに帰ってくるといった
 約束をやぶったことをくやんでいるみたいだけど
 僕は何も気にしてないよ。

 誰もやってこないこの山の上で一人で過ごしてずっと寂しい思いをしてきたから
 君に会えたことがとてもうれしかったんだ。

 君の羽のけがが治って、また空を飛べることを考えると、
 樹液やはっぱがなくなっても全然辛くなかったんだよ。
 君が空を飛べるようになったのは、本当にうれしかった。
 だから、お友達と一緒に南の国へ行ってね」

 そう言うと、りんごの木は、輝きながら少しずつ少しずつ空へのぼっていきました。
 ゆっくりと遠くなっていく、りんごの木の姿を小さなつばめは見ていましたが、
 もう悲しくはありませんでした。

 だって、いつでもりんごの木さんは側にいてくれるのです。
 小さなつばめは、りんごの木さんの姿が見えなくなるまでずっと、心の中でありがとうを
 言い続けました。

「さあ、涙をふいて。すっかり遅くなってしまったから、仲間の所へ送ってあげよう。
 明日の朝になったら、必ず南の国へ旅立つんですよ」
「ありがとう天使さん」

 天使は、小さなつばめを抱きかかえると、空へ舞い上がりました。
 高く高く空へ舞い上がると、天使は小さなつばめの仲間たちが待つ
 海べりの森の方へ向きました。

「そうそう、神様からのご用事を忘れるところでした」
 天使は空の上で立ち止まり、服の内側から小さならっぱを取り出しました。
 そして、りんごの木の立っていた山に向かって、らっぱを吹き鳴らしました。

 するとどうでしょう。山が金色に光ったかと思うと、あっという間に山のあちこちから
 りんごの木が生えてきました。

「神様は、りんごの木さんが、一人でも頑張ってりんごの実を実らせていたのを
 ずっと見ておいでだったのです。

 りんごの木さんが頑張って実らせたりんごの実の種は、大きなりんごの木になって
 あの山で暮らす全ての動物に、りんごの実を分け与えてくれるようになるでしょう。

 小さなつばめさんも来年になって南の国から戻ってきたら
 みんなであの山で過ごすといいよ。さあ、真夜中にならないうちに
 みんなが待つ海べりの森へ送ってあげましょうね」


 それから、小さなつばめは南の国から帰ってくると、
 りんごの木でいっぱいになった山の上で
 仲間や家族と一緒に過ごすようになりました。

 あまいあまいりんごの実を、毎日たくさん食べることができるので、
 小さなつばめや仲間はもちろん
 熊の子や、鹿の子、虫たちもみんな仲良く過ごすことができます。

 小さなつばめは、とても幸せで、毎日を楽しく過ごすことができました。
 でも、夜眠る時、南の空に輝く大きな星を見ると、
 りんごの木さんと過ごした日のことを思い出して少しだけ悲しくなるのでした。

 End


★ 
 世界中の全ての子供が、自分の翼で大空を自由に飛び回れる日まで
 飢えることなく、また戦乱や暴力や非人道的な搾取にあうことなく
 大人達によって手厚く守られることが、当たり前となる日が一日も早くやってきますように

 正義の御旗の元で行われる戦争で殺害される罪のない子供達
 愛情を全く注がれないまま心の地獄を彷徨う子供達
 血を分け与えてもらった両親から命を絶たれてしまう子供達

 わずかなお金と引き替えに、最低限の教育すら受けられず
 労働力や性の対象とされて隷属されたまま一生を終える子供達

 自らの命を賭してでも、こんな子供達を一人でも多く救おうとする
 「りんごの木の慈愛の心」を宿した大人が増えることを願ってやみません

 (c) Naoki Matsuzawa 2004
  
 

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September 22, 2004

自分の仕事は納得いくまでやりたい

某企業に提出した企画書を見直してみる。
まだ見積もりの段階で、不確定要素も多いので
、曖昧になってしまう部分も避けられないんだけど
もう少し何とかならんものか、と、一人思案する。

まる一日近く、他の仕事の合間を縫って考えているんだけど
良いアイデアがまとまらない。困った。

自分で思案するも何も、クライアント様からOKが出ないとしたら、
依頼自体が、このままボツになってしまう可能性もあるので、
一人で考え込むのは無駄なのかもしれないが、手がけた仕事は全力で臨むのが
僕のモットーだ。(当たり前のことなんだけどね)

それにしてもむずかしい。
某資格のネット上での学習支援のコンテンツなんだけどね。
試験の出題範囲がかなり広いので、試験の出題傾向を分析しなきゃいけないし
受講する方が、スムースに学習を進められるような工夫を凝らさなければならない。
ただ、だらだらと知識の羅列を行っても、意味がない。
原稿作成にあたって、問題は山積みである。

加えて、コストはもっと下げられないか。
受講される方、クライアント様共々、メリットのある企画はできないか
などといった事も考える。
自分の仕事は、できるだけ多くの方に利益をもたらせるものにしたい。

当たり前だけど、それがビジネスの本質だと信じているからだ。

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September 21, 2004

ラストスパート

人の一生の本質は孤独である。
熟知していたつもりでも、自分のことを理解してもらっていると
思っていた人と、すれ違っていくのはさみしいものだ。

まあ、そんな感傷にひたってしまうのは、俺もまだまだ甘いということか。

さてさて、そんなナーバスな気分を振り払って、
依頼をいただいたお仕事を進める。

企画の作成、原稿書きなどなど、計3本の仕事を同時進行
うち、締め切りが翌日に迫っているものもあるので、
今日はこの辺で早々に失礼


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September 16, 2004

「やきめし」を作ってみた

しょっちゅうおじゃまさせていただいている(というか、入り浸っている)
ライターの吉村智樹さんが主催しておられる読み物サイト「日刊耳カキ」に仕事の手が空いた時に、訪問してみた。
するってえと掲示板「パーラー耳カキ」に興味深い書き込みが。
主催者の吉村さんが、東京のラーメン屋さんで「やきめし」を注文したら
おやじに怪訝な顔をされたというお話。

このお話を拝読させていただいて、僕も激しく同意。
そうそう、かくいう僕も、福岡から東京に出てくるまで
「焼きめし」を、東京で「チャーハン」と呼ぶとは
全く存じ上げませんでした。
まさに所変われば品変わるですな。

でもね、つらつら思い出してみると、
最近は、とんどご無沙汰になった「やきめし」なる料理は
どうも東京でいうところのチャーハンとは別物の料理のような気がするんです。

東京のチャーハンって、刻んだ長ネギと、焼き豚、そしてご飯を
溶き卵と一緒に高温で一気に炒めるのが特徴の料理。
ラーメンと並んで中華の基本料理の一つです。

でも、記憶の中の「やきめし」なる料理って、チャーハンとは
材料も作り方もかなり違うんですよ。

長ネギの代わりに、たまねぎが入っていたし、
焼き豚なんかは入ってなかったような気がします。

ひき肉を炒めたものか、ハムもしくは輪切りにしたソーセージを使って、
割と低い温度でじっくり炒め、ウスターソースとコショウで仕上げる
どちらかというと洋風の風味を感じる料理だったんですね。

そのお話を投稿してみたら、みなさんからほぼ同じようなご意見が
どうやらチャーハンと「やきめし」って別の料理のようです。
記憶を頼りに、やきめしってどんな料理だったのか再現してみることにしました
(そんな大袈裟な…ただ単に腹が減っただけなんだけど)

■材料(さあ奥様、早速メモのご用意を)

たまねぎ            1/2個
卵                1個
ごはん             2カップ
薄切りハム          3枚(ソーセージや他の肉類でも代用可)
ラードもしくはサラダオイル 適量
塩・コショウ          適量
ウスターソース        適量

■1
たまねぎはみじん切りに、ソーセージは、薄く輪切りにしておきます。
(ハムが無かったので、ソーセージで代用してみました。あしからず)

■2
フライパンに、ラードを落とし、たまねぎを弱火で炒めます。
たまねぎに火が通って透き通ってきたら、輪切りにしたソーセージを加えて
炒めます。


Dscf0326.jpg

■3
たまねぎとソーセージに火が通ったら、ごはん、割りほぐしたたまごを加えてよく炒めます。
(あらかじめ、割りほぐした卵をごはんに混ぜておくと、仕上がりがきれいになります。
 チャーハンは、この作業を高温・短時間でやるので、ふっくらとした感じに仕上がるんですね)

Dscf0328.jpg

■4
卵がかたまって、全体に火が通ったら、コショウを加えます。
Dscf0329.jpg

■5
味付けの仕上げは、塩とウスターソースで。
コンソメの素なんかを少し隠し味に使うとすごくおいしくなるんでしょうけど、今回は
昔の味を再現するという企画なのでシンプルに作ってみました。

Dscf0330.jpg

■6
お皿に盛りつけてできあがり。
写真では、香りまでお伝えできないんですけど、やはりチャーハンとは別物の料理ですね
Dscf0332.jpg

さてさて、ご試食タイム。
うむむ、ウスターソースの辛味と香ばしさ、そしてコショウの香りがよろしいですな。
見た目はチャーハンそっくりですが、中華とは別物。
どちらかというと洋食の香りがする料理です。
材料や作り方という点で、大阪以西の方の意見がほぼ一致していますから、
僕が思うに、おそらく大阪か神戸に入ってきた西洋料理をモデルにした
創作料理なんじゃないでしょうか。

案外可能性がないでもない。肉じゃがって料理をご存知ですか?
あれって、明治時代に、ヨーロッパに留学していた時の海軍の要人が
手に入る材料で料理長に再現させたものだと言われているんですね。
肉じゃがを発明したのは、海軍おかかえの料理人だったそうですが、
「やきめし」を発明したのは、市井の名もない料理人だったのかもしれません。

というのも、やきめしって、チャーハンに比べると、作るのがほんとに優しいんですよ。
チャーハンって、別名「炎の料理」と言われるくらいで、
フライパンから煙がでるくらいの高温で全ての材料を一気に炒めないと
べちゃべちゃになって、おいしくなくなってしまうんですね。
その点、焼きめしの場合、たまねぎが余分な油分を吸いとってくれますから、
低い温度で炒めても、十分おいしく仕上がります。
甘みを引き出すたまねぎと、洋風の香りと味を引き立たせるコショウとウスターソース
(ちなみにウスターソースはもともとイギリスの調味料)を合わせるところを見ると、
洋食に通じた方が、ご家庭でも簡単にできるようにアレンジされたのではないでしょうか。

なにはともあれ、自分には懐かしい味でございました。
おいしゅうございます(岸朝子先生のよふに)

さてさて、そんなわけで、
ご家庭でも十分本格的な味がお楽しみいただけるかと思いますので
機会がありましたら、ぜひお試しあれ


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September 15, 2004

さてさて

昨日からぶっ続けで原稿書き。
無事締め切りクリア
またしても、自分の作品を書く時間が取れず
とほほですな。とはいえ、これくらいのピッチで原稿書ければ
なんとかなるっしょ

ただいま夕刻5時半ですが、これから取材に出かけてきます。
お戻りは、多分深夜2時頃なり
体力(気力かな)が残っていれば、自分の作品を書く時間が取れますな。
仕事は全力、体力はセーブでいきましょう

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深夜3時

外で仕事を終えて帰ってきて、事務処理や企画書の作成の仕事。
一段落したら、もう深夜の3時だよ。あいたたた

とはいえ、事務所に戻ってきたのが、深夜の1時だからなあ
無理もないか。
とっくにプロットの出来上がった小説の執筆に取りかかりたい。
そういうフラストレーションを抑えて、お金のための文章を書くのは
限界に近づいている。
生活の糧を得られるわけだし、文章を書いて生活の糧が得られるだけ
恵まれていると思っているけど、ここまでタイトだと、正直言って息が上がってくるね。

体も決して本調子じゃない。
実は辛くて辛くてたまらない上に、睡眠がほとんど取れない過酷な毎日が
続いているから、気心の知れた親しい人や大事な人が投げた
ふだんだったら気にも留めない、小さなささくれのある言葉に対して
つい、つっけんどんな言葉を投げてしまう。

いつもと違って怒り出す僕を見て、むくれられたり、謝られたり
「何が気に入らなかったの?」などと問われると、辛くてたまらない。

僕だって人間だから、意味なく気が立つ時だってあるさ。

そんな事も許してもらえない仲なのかなあ……

僕は、少々辛いことがあっても歯を食いしばって耐える質のつもりだ。
もし、僕が滅多に感情を荒げない穏やかな人だと思っているとしたら
「今日は気持ちが吹き出すほど、参ってるんだ。
自分の心の内をさらしたくないほど辛いんだ」と思ってもらえると
すごくうれしいんだけど

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September 13, 2004

あれやこれやと

諸々の仕事や取材などを終えて外から戻ってきたら、
あっと言う間に深夜二時。
一日早いな~ 若い時、特に学生の時とか、
一日がすごく長かった覚えがあるんだけど
なんでこんなに一日が短く感じるんだろうね。

忙しく一日を過ごしていても、遊んで過ごしていても、
ほんとに一日が短い。困ったものだ。

生活のための仕事も大事だが、それと並行して自分の作品とかも作っているんで
最近、時間のマネジメントは一番の課題だ。
とはいえ、スケジュールを立てても、急な仕事に振り回されることが多いので
なかなかむずかしいんだけどね。

深夜に事務所に戻ってきて、途方に暮れる。はて、何をすべきか。
とりあえず締め切りも迫っている原稿があるし、進めたい自分の作品もあるけど
事務処理も終わらせないとな。頭を使わずに淡々と出来る作業なんで
気持ちの切り替えにはもってこいなんだけど、時間が欲しいときは
フラストレーションがたまる一方。まあ、仕方ない。

勝手に上がり込んで眠っている猫をわきによけてPCを立ち上げる。
今日の事務処理は帳簿付けと請求書作成。
ライターとか物書き業って、出版社の方とかが、
原稿料を持参してくるイメージがあるらしいんだけど、
実際は普通の会社と同じように、自分で請求書を起こさないと
いけません(単行本なんかは別だけどね。)

久々にやると、これがまあ、大変だこと。
コピーを取らないといけないわ、印鑑を複数箇所押さないといけないわ
請求書を送る封筒の宛名書きやら、請求書送付の文面も書かないといけないわ
(請求書だけ封筒に入れて送るってのも失礼だしね)

そこそこの数こなすと、結構な労働です。
やれやれ、しんどいですな。

とはいえ、こんな単純な作業をやっているときに、
新しいアイデアが生まれたりするんで
まんざらでもないんだけどね

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September 12, 2004

メディアを疑え

日付が代わってしまったが、昨日は9.11

そう、3年前、アメリカのNYがイスラム系過激派組織
アルカイダによって起こされたとされる同時多発テロの攻撃を受けた日だ。

そのこともあってか、昨日はNYのテロ事件についての特別報道番組が多かった。

その中でも特に目立ったのは、一連の民間機乗っ取り自爆テロは、
実はアルカイダのメンバーによって起こされた事件ではなく、
アメリカ政府がイラクに戦争を仕掛けるための
(単的に言えばブッシュ政権がイラクの石油利権を手にするための)自作自演だというもの。

どこまで本当かどうかは分からないが、事実が含まれているのは間違いないだろう。
私自身、過去に航空会社に勤務していたので有識者とコネクションがあるのだが
当時、取材で、事件に対してコメントを求めたところ、皆、口を揃えて不自然すぎる点を指摘していた。

今回の報道特別番組の多くが、それらの点を詳細に指摘しているのには
好感が持てた。だが、ここで一つ疑問が浮かぶ。

なぜ、事件から3年経ったこの時期になって、このような報道がなされるように
なったのだろうか?

事件発生当時は、あらゆるメディアが報道規制を受け、事件に関する詳細を報道することは
叶わなかった。

その理由だが、おそらく、大統領選挙の時期だからだろう。

報道の内容が事実であれば、ブッシュ政権は、少なくとも、
アメリカがテロ攻撃にさらされる危険を知っていながら
具体的な措置を行わなかった。
さらに、この事件を機にして、イラクと交戦状態に突入するのだが、
結局、開戦当初アメリカ政府が主張していた「イラクの大量破壊兵器保有」を
証明することはできなかった。

つまり、国民が危険にさらされるリスクを放置して起きたテロ事件をきっかけに
充分な証拠もないまま、他国を武力侵攻したことになるのである。

言うまでもなく、これは取り返しがたい失態である。
NYのテロ事件の真相を追求するメディア報道(加えていうなら、某映画のプロモーションも)
は、ブッシュ政権の対立候補のプロパガンダという見方が出来るのも事実である。

この動きについて、米国内で、自国の過ちを正す姿勢だという評価もあるようだが、
私はとても賛同できかねない。
イラクとの交戦状態を招いたのは何だったのか?
彼の地に眠る石油資源を手にしたいというアメリカ政府の欲望だったのではないか?

もし、過ちを正すというのなら、なぜアメリカ政府は金のために戦争を起こすことを
やめないのだろうか? アメリカ国民の大多数も、戦争を起こすことを望んではいないのに、だ。

かつて日本とアメリカが戦争した時もそうだった。
歴史では日本が突然ハワイの真珠湾に武力攻撃を開始したので
アメリカが応戦したことになっているが、もともとはアメリカが日本に対して一切の資源の輸出を
ストップしたため、必然的に起きたといってよい戦争だった。
(加えていうなら、日本がハワイの真珠湾を攻撃する前に、公海上で、日本の潜水艦がアメリカ海軍の
攻撃を受けて撃沈されている。つまり、国際法上は、日本に何の落ち度もないのである)

戦後、世界中の法学者やアメリカの弁護士ですら、当時のアメリカ政府の政策を
「経済を活性化させるために、日本に無理やり戦争を仕掛けさせた」と批判している。

その戦争のせいで、未来のある日米両国の若い兵士はもちろん、この世に生を受けた
ばかりの子供や女性までもが多数殺害された。

それと全く同じ仕打ちをイラクは受けている。
イラクの首都、バグダットは東京都同じくらいの人口を誇る都市である。
その上に、ハイテク装備を搭載した、恐ろしく命中精度の高い爆弾が降り注いだのだ。
一体、彼の地では、何人の子供が命を落としたのだろうか?

もし、自国の過ちを正すというのであれば、なぜアメリカのメディアは、
イラクの戦闘で犠牲になった人たちの
事実を報道しないのだろうか?
テロに身を投じ、アメリカを敵視している人たちは、
理不尽な形で家族や財産を奪われた人たちが多数いるという。

彼らの悲しみをすくい上げようともしなければ、
この争いは終わりを迎えることはないのではないか?

歴史は権力者のために作られる。
メディアはそのために活用され、事実をねじ曲げられたまま
報道されると言ってもよい。
そのことを念頭に置いて、メディアの情報に接する姿勢を
多くの人が持たない限り、また同じ過ちをくり返してしまう可能性は
いつまでたっても無くならないだろう


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September 07, 2004

台風続々

九月に入ったら、さすがに一時の暑さはなくなりましたね。

おかげさまで、お仕事の新たな依頼も少しずつ増えてきて
ありがたい限りなのですが、取材を伴う仕事が多いので、
自分の作品を書く時間が削られたりするのですが、
そこはプロですからね。頑張らないといけませんな。

体も本調子じゃないっていうのもあるんだけど、今年ってほら
お天気が不順でしょう?
今日も一日、外で仕事だったんですが、眠くて眠くて……
事務所でTV見たら、台風がまた近づいてきてるみたいですね。

しかもご丁寧に九州に上陸して、その後日本列島を縦断するみたいで
ほんとに参っちゃうね。
しかしまあ、こればっかりは誰が悪いわけでもないんで仕方ないけどさ
あちこちで水の被害とかが出てるみたいらしいけど、今度の台風は
無事に通過してくれますように

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September 05, 2004

雨の日のコーンポタージュ

事務所に届いた各出版社の掲載誌のチェック。
雑誌とかのお仕事で、原稿を書かせていただくと、
発売になった際に、見本の雑誌を出版社さんが送ってくださるんだけど
実際に本になった自分の原稿を見るのって、ライターにとっては
とてもうれしい時間なんです。

さてさて、そんなに気が緩んでいる間もなく、
お仕事は次から次へとやってくる。
今日も昨日に続いて取材。
体が本調子じゃないのでしんどいけど
頑張らないとね…なんて思ってたら、夜になって
雨が降ってきやがんの。
仕方がないので、相棒と早々に切り上げて
某広告屋の事務所で雨宿り。

腹が減ったという相棒と皆の言葉でぎくりとする。
げ、よく考えたらこの中で料理作れるの俺だけじゃん。
おそるおそる顔を上げると、みんなして「なんか作って」という顔をしている。
はいはい。わかった分かりましたよ。何か作ればいいんでしょ
しかし、なんか作るのはいいけど、料理の材料とかあるのかね。

「昨日、撮影に使った食材の残りとかがあるよ。
あと缶詰とかもあるけど」

某氏の声に胸をなで下ろす。さすがにこの雨の中、
なんか買い出しに行ったりしたくないもんね。
冷蔵庫を開けると、たまねぎ、使いかけのコーンの徳用缶詰
封を切った牛乳。生のニンニクがあった。

その他には、小麦粉、サラダ油、塩、コンソメの素、マカロニなどなど
しめしめ、これだけあれば、コーンポタージュができるじゃないか。

タマネギ一個を荒いみじん切りに。
フライパンに、みじんぎりにしたタマネギを移し、すり下ろしたにんにく少々
小麦粉大さじ1を加えてサラダオイルを少し加えてよく炒める。

火が通って小麦粉が少し色づいたら
少しずつ牛乳を加えて伸ばす。(ホワイトソースを作る要領で)
かなりゆるくなってきたら、コンソメの素、コーンの缶詰を汁ごと全部
そしてマカロニを適量入れて軽く煮込んで完成。
あれば、パセリとかを散らすときれいに仕上がるでしょうね。

Dscf0325.jpg

これだけじゃ若い人は物足らないと思うので、
小麦粉、油、塩、にんにくで作る中華風パイ「焼餅(シャービン)」を
一緒に作ったのですが、写真を撮るのを忘れてしまいました。
ごめんなさい。またの機会ということで

吟味した材料ではありませんが、コーンポタージュ、
それなりのいい味になりました。
少し冷えた体をほどよく暖めてくれたスープは、
みんなの心も温めてくれたみたいです。

みんな、和気藹々と話をはずませながら、
この後のしごとも頑張ってくれました。

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September 04, 2004

男は腹だ!!

残暑全開。今日の暑かったね。みなさんの
おすまいの地域はいかがでした?

今日はわりとのんびりペースで、夕方からPCに向かって
原稿を書いているのですが、やっぱ無茶はできんとです
(お笑い芸人のヒロシさんみてえ)

椅子に座っていて立ち上がろうとすると、おなかに力が入りませぬ。
おかしいなあ。たしかにお腹の中切ってるとはいえ、そんなに
ダメージが出るとは思えないんだけど。まあいいか。

しかし、あれですな。男の身体って、腹に力が入らないと、
ほんとに気力まで萎えてしまうんですな。
高校生の時に、柔道の先生が、「男は腹たい。男の身体は、
腹に力が入らんと、身体の力が抜けてしまうようにできとるとたい」
なんて力説しておられたのを覚えていますが、ほんとその通り。

なんか、何をやろうにも力が抜けてしまって、どうにもこうにも
なりませぬ。

思いあまって、大きなタオルを追って、ベルトで腹を締めてみた。
そしたら、あら不思議。なんかいい感じ。力が抜ける感じもないよ
で、いい気になって仕事を再開したら、深夜になって
またまた電池切れ状態になりました。

というわけで、いったん作業を中断して横になるです。(ただいま深夜二時)
しめきりぎりぎりの原稿が二本あるけど、もう限界。
そういうわけで、おやすみん

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September 03, 2004

長い長い一日

ほぼ徹夜状態で仕事を終え、昼過ぎに病院へ。
先日の検査結果を聞きに行くためだ。

切除してもらった大腸内の腫瘍のうち、ほとんどはいわゆるポリープ
ただ、一つだけグレーゾーンのものがあったことを告げられる。
血の気が引いたが、あきらかに悪性というわけではないし、
広範囲に切り取ってあるから
すぐにどうこうなることはないだろうとのこと。
(なんかうまく言いくるめられたような気もするが、まあいいか)
数ヶ月おきに調べないといけないみたいだけど、
少なくとも時間は稼げそうだ。ひとまず安心。

とはいえ、他の部分の検査も残っているのだけど
ここまで来たら、なるようにしかならんか。
病院の外に出た後、晴れ渡る空を見たら、なぜか心が落ち着いた。

人間って、ほんとに現金な生き物で、
常日頃は、欲の塊になっているくせに
いざ自分の存在が危機にさらされたら、神に敬虔を誓い
命の他に何もいらないなどと懇願してみたりする。

それが人間が人間たる所以なのかもしれないが
甚だ身勝手で、今の自分には身に染みる。

仕事を終えた後、いろいろなことを考えた。
生かされているということをすごく強く感じる。
そのせいだろうか、今日は一日がすごく長かった。

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September 02, 2004

がめ煮を炊く

秋が来たかと思っていたら、まだまだ暑いですね。台風の影響かしらん。
あくせく、お外で仕事しては、次の仕事先へと移動。
朝から夕刻までこのパターンの日が多いですな。

で、とあるいつものお客様のところにおうかがいしたら、
時間が時間か既に出来上がってる。
酒の肴にもなって、お腹がふくれるものを作れという、
神の声によって泣く泣く、台所を借りて、がめ煮を炊くはめになりました。

しくしく…外から帰ったばっかで暑いのに
火の側には行きたくないよ……

がめ煮っていうのは、筑前煮のこと。なぜか、九州の方、
特に博多では「がめ煮」と呼びます。
がめつくたくさん作るからとか、一度にたくさん作っておいて
、瓶の中に入れておいたからとか、
名前の由来はいろんな説がありますが、定かではありませぬ。
ただ間違いないのは、
九州人にとっては食べ飽きない懐かしい味ってことでしょうか。

がめ煮って、要はさといもと、その他の野菜や鶏肉なんかを
一緒に出汁の利いた砂糖醤油で
煮込んだ料理なんで、作るのは難しい料理ではないんですけど、
どういうわけか、同じ材料を使っても、作る人によって微妙に味が変わってくる。
それが、九州人のおふくろの味の所以なんでしょうね。

絶対外せないのがさといもですが、この日は「にんじん」「ごぼう」「鶏肉」しかなかったので
シンプルに作ることにしました。

まずにんじんは、皮をむき、一口大の乱切りにします。
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ごぼうは、同じく皮をむいて一口大の乱切りにし、水にさらしてあくを抜いておきます
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鶏肉も一口大に切っておきます。
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にんじん 鶏肉 ごぼうを鍋にいれ、軽く水がひたるくらいの量を加え、
日本酒、砂糖、みりんを適量加え火にかけて煮込みます。
さといもを同時に入れないのは、煮くずれするのを防ぐためです。
臭み消しに、しょうがをひとかけら入れてみました。

Dscf0315.jpg

さといもは、皮をむいた後、塩をまぶしてよくもむようにして洗います。
こうすると、余分なぬめりが取れて下ゆでしたりする必要がなくなります。

Dscf0317.jpg

出汁醤油と、さといもを加えて煮込みます。
各調味料の分量を書いていませんが、色合いは醤油を加えた時に、
アメリカンコーヒーよりも少し濃いくらい。
甘さはコーヒーよりも少し薄い感じくらいがよろしいかと
(抽象的ですが大体おおざっぱに作った方がおいしくできる気がします)

調味料を加えたら、弱火に落として、出汁をしみこませます。
(できれば、芋の煮くずれをふせぐために、アルミホイルなどで作った
落としぶたなんかをするとなおいいでしょう)

Dscf0318.jpg

約40分ほど煮込んで完成
Dscf0323.jpg

少し、甘みを抑えたので、これだけでもお酒の肴になる感じがします。
こんにゃくとか干ししいたけ、干たけのこ、さやいんげんなんかを加えても
いいい感じになりますね。きっと

雑に作ったとはいえ、それなりに手間がかかるのですが、
みんなはそんなことなどお構いなし
作った当人は、とうとう味見する間もなく、みんなに食べられてしまいましたとさ

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